本の話や宇宙の謎、猫の神秘、自作小説など、目についたものをなんでも盛り込むブログ。

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第九章 エピローグ(前)



 ガラスの嵌ったドアを細めに開けると、アキラは喫茶店の中に顔だけ入れてのぞいてみる。
 その微かな音に、モップで床を掃いていた江森が振り返った。
「おかえりなさい」
 口調は穏やかだが、待ち構えていたという雰囲気を漂わせている。
 アキラはにっと笑ってみせた。
「あれ、ドギーとミイは? 掃除しておけって書き置きしておいたんだが」
「さあ? 私が戻ってきたときには箒で殴り合っていましたよ」
 肩を竦めると、「それよりも」と言って腰に両手を当て、アキラをひと睨みする。
「兎族の件で悶着があったそうですな。先程〈森〉から連絡が来て……」
「ああ、それなら解決した」
 せっかちに言葉を遮り、得意そうに鼻を蠢かす。腕に抱いていたものを見せびらかすように差し出した。
「蛭子が、ちゃんとした仔に化けた。これなら村の奴らも文句ないだろう?」
「……えっ?」
 江森は戸惑い顔で首をかしげる。
「その赤子が、何か……」
「例の仔だよ」
「人間の、ですか?」
「兎族の、だよ! よく見ろ、これは……」
 嫌味たらしく掲げてみせると、肌色の皮膚がだらりと垂れ下る。
「あれ?」
 手に持っていたアキラの方が、頓狂な声を上げて自分の持っている身体を見直した。
 そこには、丸々とはち切れんばかりの、人間の赤ん坊がいた。
「どうしてだ? さっきまで、確かに……」
 どこかですり替わったのか、まさか今までのは夢だったのか───と、声に出さなくても顔に全部書いてある。
 片目が血の色をした男は、柔らかく微笑んだ。
「ちょっと抱かせてもらえますか?」
 頭のうえに疑問符をたくさん浮かべたアキラが手渡すと、江森は意外にも慣れた手つきであやし始める。
 大柄な江森に抱かれて、赤ん坊は手を打って喜び───寝返りを打った瞬間、兎の毛皮に覆われた。
「えっ? こいつ今、変幻した?」
「そのようです」
 驚きもせずに言って、アキラの腕に返してやる。
「ようやく、妖魔の願いを体現する者が現われたということでしょうね」
「妖魔の願い?」
「そうです。我々が人間と同じ身体をしているのは、かけ離れてしまって断絶する系統種、動物と人間を繋ぐ意味を持っています。しかし、まだ目に見える形での関係性を持たせられるまでに至っていません。もっと強力に絆を深めたいという願いがあります。現在の統皇は精力的に、新たな妖魔の出現を模索していました」
「じゃ、歪みがあるとか言われているのは」
「統皇はくどくどしく説明される方ではありませんから、色々と誤解されている面がありますね。あの方は即位されてから、安定のみではなく変化をも求めました。今までどおりの人間型や月見のような動物型、そしてこの兎族の仔のように新しい型───多様な妖魔がいて、〈森〉の祈りは更に完成させることができるという考えを実践されてきました……」
「多様な妖魔、か」
 アキラは頭をくらくらさせながら、腕のなかの仔兎に目を細める。
 次の世代を担う者は、幼い目をいっぱいに開いて見詰めている。
 人間と動物の未来を。希望を───
「よし、俺が名前を付けてやる。兎族は“月”を入れるのが一般的みたいだから……よし、『水月』と名付けよう」
「また、そんなことを勝手に決めて……」
 江森はため息を吐きながら、モップの柄に顎を乗せた。
「でも、良い名です。由来はあるのですか?」
「もちろん」
 得意そうに指を立てて見せた。
「『隠れ現れ 陽炎稲妻水の月 手にもたまらず防がるる』……捕らえどころのないもの、追い掛けても捕まえられない物のことだ。変幻するような奴には丁度いいだろ」
 ふたりが仔を覗き込むと、ふさふさの耳を交互に動かして遊んでいた。
「長老の月影が喜ぶでしょう。早くつれて行ってあげたほうが」
「お、そうだな。じゃあ行ってくらあ」
 アキラは丁寧に仔を抱き直すと、不意にニヤリと笑う。
「あいつ等、どんな顔するかな。俺らを追っ掛け回した挙げ句に見失って、かなり頭に血が昇ってたから……少しは骨のあるところを見せて、文句のひとつも言ってくるなら赦してやる。土下座なんかして平謝りの態度だったら、うなされるほど怒りまくってやるぜ───」
 くふふ、と厭な声を洩らして、ドアを開けた。その楽しそうな様子に、どちらを望んでいるのかが知れる。
 江森はため息をついて、義務的に声をかけた。
「アキラ様。あの、お手柔らかにお願いしますよ?」
「解ってらい。うっせえな」
 得意のきつい目で睨んで出ていきかけたが、
「あのよ、江森」
 アキラは身体を半分外に出したまま、呟く。
「俺、これからは門を開ける仕事、厭がらずにやるよ」
「はあ……」
 江森は首をかしげ、曖昧な返事をした。
「それはどういった心境の変化で?」
「今日一日で、その、色々あって」
「『色々』ですか」
「そうだ。それ以上は聞くな」
 早口で言って、警戒の目つきで言い添える。
「だからって、全て納得したわけじゃねえぞ。あくまでも門を開けるってことだけだ。解ったな?」
「はあ、そうですか」
 江森は弱い返事をして、苦笑を浮かべた。
「私にとっては、あなた様こそが『水の月』ですね」
「俺が?」
「そうです。悩んでいると思ったら、いつのまにかすっきりしたお顔で『あれはもう済んだ』とおっしゃる。……捕えきれないお方です」
「ばかだな」
 アキラは緑掛かった目を細めた。
「俺は『水の月』ではない。それを追い掛ける側だ。手に入れようとして、あがいて、悩んでる。───だから……」
 アキラは言葉を切ると、頭を振って苛つく目を江森に向けた。自分の気持ちを言葉で表すことが、時々ひどく下手になるときがある。
 照れくさいことを言おうとしているときは、特に。
「っつうか、別になんでもねえよ!」
 アキラは、いきなりドアを蹴飛ばした。腕の中で温和しくしていた仔が、驚いて鳴き声を上げる。
 舌打ちすると、江森に指を突き付けた。
「もう掃除なんかいいから、家へ帰れ!」
「解りました……」
 江森の笑いをかみ殺した顔にぶつける勢いで、店のガラス扉を閉めた。
 深夜の住宅街は、家々が黒く塗り潰されている。しめやかな空気にさえ八つ当りするように、アキラは〈森〉に通じる神社まで走って行った。



第九章 エピローグ(後)に続く。



ああ……次で完結です。もう解放されるのですね。よかった……

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