本の話や宇宙の謎、猫の神秘、自作小説など、目についたものをなんでも盛り込むブログ。

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第八章(7)


《この者も役目が終わった。約定どおり無傷でこの者を返そう》
 うやうやしく蛭子を差し出す。
 手を延ばして毛玉を受け取ると、アキラはしっかりと抱き締めた。気配は安定していて、柔らかい眠りの中にいるようだった。
「良かった……」
 息を吐いた時、それがくすぐったいのか身動きをした。寝返りを打って、毛皮をもぞもぞさせる。
 一部が盛り上がったと思った途端、兎の耳が飛び出した。
「えっ───?」
 白とピンクの耳は音を探って震え、安心したというように、顔も出てきた。
「えええっ!」
 今まではかくれんぼをしていました、と言いたそうに、埋もれていた手足が伸ばされ、仔兎は大きなあくびをした。喉の奥まで見えるような大きい口には、もう小さな歯も生えていた。
「かっわいい!」
 覗き込んだカリーファが、アキラの腕からもぎ取って頬摺りする。反対にアキラは、固まっていた。
「これ───こいつは」
《『鍵』としての形態は必要なくなったゆえ》
 精霊の説明は簡潔だった。そして、充分過ぎるほどでもある。
 原因を解き放てば、事態は一気に終息する。───ガムシャナの言ったとおりだった。
 どこか苦々しく思いながら、アキラは精霊を見詰めた。
「ってことは、お前も」
《そうだ。澱みに戻るときがきた》
 楽しげだったカリーファの身体が強張った。ぎこちなく振り向いて、縋り付くような目をする。
「行っちゃうの?」
《そうだ》
「また会える?」
《二度と会うことはない》
 にべもない返事に、何がおかしいのかカリーファはくすくす笑った。目から大粒の涙をこぼしながら、笑っていた。
「僕ね、本当は行かないでって言いたいんだ。ずっと一緒だったから───傍にいて、言葉は解らなくとも気持ちは通じていたから、身体の半分がなくなっちゃうのと同じくらい寂しいんだ。でも、だめなんだよね? 見送らなくちゃいけないよね?」
《白き御子よ、できれば泣かずに見送ってくれ》
 困ったようにカリーファの髪を撫でる。
《我は御身と共にいて楽しかった。礼を言うぞ》
「僕もだよ。キマ───ううん、もうキマ鵺じゃないんだよね」
 カリーファの言葉に、精霊は気品のある微笑みを見せた。
《……我のことは〈番人〉と呼べ》
「ば、んにん?」
《我は〈神話〉と〈童話〉を繋ぐ澱みを統治する。互いの世界に行き来できないようにするのだ。準異世界にとっては必要な処置だ》
 アキラは、ふと、
「必要って、どういうことだ?」
 と割り込んだ。
「変わりつつある、と受け取っていいのか?」
《そうだ》
 首肯いて、精霊は丁寧に一礼した。それが別れの挨拶であると解ったのは、輪郭をぼやけさせて精気の塊に姿を変えてからだった。
《我は準異世界を成長させる起爆剤となる。……友よ。御身らふたりをそう呼ぼう。我は切に請う。我の成功を信じてくれることを》
 ふわりと浮き上がり、精霊は長く尾を引いて上空に駈け上がった。その姿は、〈神話〉と〈童話〉双方の者達に畏敬の念を抱かせる、竜の姿をしていた。
「信じるよ───」
 カリーファが叫んだ。
「俺もだ。頑張れよ!」
 負けずにアキラも声を張り上げる。
 遥か上の方で、最後の印としてきらりと光った。聞こえたという合図だったのかもしれない。
〈番人〉はこうして、本来あるべき場所に帰っていった。
「みんな行っちゃったね」
 カリーファは抱いている仔兎に顔を埋めた。
「残ったの、お前だけになっちゃった」
「おい、まだこいつが残ってるぜ」
 白い鳥を掴んで、アキラは笑ってみせた。
「せっかくだから一働きしてもらうか。蜜子にでも伝言して、村に報せてもらおう。あいつら完璧に怒りまくってたからな」
 とさかを触って記録させようとしたが、頭には盛り上がる肉がない。まだ伝言がしまってある証拠だった。
 舌打ちして、何の気なしに握り潰す。
 複雑に組み合わさった身体が解きほぐれ、七色の光芒がほとばしった。浮かび出た像は、やはり蜜子だった。
『……アキラ』
 黒い細身のドレスを身につけた美女は、相変わらずネックレスやブレスレットを、幾重にも巻き付けた格好で現われた。
『あなたがこの伝言を見るとは思えないし、必要ないかもしれない。ただ、私は霊感に従って一応伝える努力だけしてみるわね』
 蜜子の曖昧な表情を見るなり、アキラは伝言鳥を踏み潰そうとした。しかし次の一言で気が変わった。
『カリーファと名乗る子は、今も傍にいる?』
 思わず隣を振り返る。白い顔もこちらを見ていた。
『いても構わないからよく聞いて。あの子は単なる“災厄”じゃないのよ。未来に起こる災厄の先触れなの。私の霊感によると、〈森〉も人間界も、世界の全てが巻き込まれる大きな悲劇が訪れるわ。その一端を担っているの。───とにかく、私はこの件を統皇様に報告するから、あなたはあの子とあまり仲良くならないで。特に名前を名乗っては駄目。あなたの名前には、聖なる守護の術が掛かっているようなものなの。……まあ、あなたが自分から本当の名を明かすとは考えられないのだけれど、霊感が───』
 それ以上は聞けなかった。頑丈な短靴は伝言鳥を踏み潰し、粉々に壊していた。
「……僕、災厄なんだね」
 ぽつりと、カリーファが呟いた。どんなときでも笑っていた顔は、明るさの欠けらも見えないほど陰っている。
「アキラちゃんに、会うべきではなかったのかもしれない。迷惑、かけちゃう……」
「気にするな。あの女の予言は、あてにならねえんだ」
 頭を派手に叩いたが、突っ掛かっても来ない。
 カリーファは俯いて、白い髪で顔を隠した。
「事実だよ……」
 涙で不明瞭な声は、やっと聞き取れるぐらいに小さかった。
「僕は“未来の災厄”なんだ」
「ばか! いい加減にしないと本気で怒るぞ」
「怒ったっていいよ。だって本当のことだもの。僕はね、生まれたときからそう予言されていたんだ。災いの子、って」
「予言なんか当たるもんか」
 憮然と呟いた言葉に、少年は、
「当たるよ!」
 と、むきになって言い返した。
「僕という存在の、本当の名は……『シン』というんだ」
「シン?」
「そう。罪という意味。一族は代々この名前を受け継ぐんだ。僕の一族は罪人だから……その中でも僕は、最後の罪を犯す子なんだって。
 僕は自分の運命を知ったときから、別の名前を使うようにしてきたんだ。そうすれば逃れられる気がして。でも、だめなんだね。蜜子さんには解っちゃったんだ、僕が悪い存在だってことが。消しようもないんだね? これではっきりした。だから───僕は生きている限り、全ての人に迷惑をかけてしまうんだ。せっかく出会ったアキラちゃんにも、災いを……」
 胸に抱き締めている仔兎に、涙の雫が落ちた。水分を弾く毛皮は、朝露のように涙を転がして美しく煌めかせる。
「───違う!」
 アキラは唐突に、かぶりを振った。
「信じられることだけ信じろ! お前が災いの子なんて俺は信じない。だから、お前も信じるなよ!」
「でも……」
「うるっせえな、今から手本を見せてやる。予言なんかどれほど当てにならねえか、ってことをな! 俺の本当の名前は『晃夜』、日光に夜と書く。俺を生んだ親が付けた名前だとさ!」
 カリーファは驚きに目を丸くしてアキラを見詰めた。
「言っちゃだめだよ。蜜子さんが……」
「黙れ! よく聞けよ、人間の養親には『陽一』と名前を付けてもらった。俺が心の底から愛した人たちだ。その養親が死んで、本名が『晃夜』だと教えられた俺は、当然受け入れられなかった。……俺はずっと『陽一』だったし、自分を人間だと信じて疑わなかったから。
 しかし、俺は妖魔としての能力に目覚め、妖魔として『生』きていくしかないと解ったとき……人間のときの名前を捨てることにした。だが『晃夜』になるわけにはいかない。晃夜なんて名前は俺じゃない───だから一文字だけ取って『アキラ』と付けた。自分で自分の名を選んだ。どうだ、解ったか!」
 一気にまくしたて、息を荒くしてカリーファを睨みつける。
「こんなことは〈森〉の奴らならみんな知っていることだ。秘密でもなんでもねえ……俺の名前に重大な意味があると思い込んでるのは、蜜子だけなんだよ!
 あの女は何か、決定的に勘違いしている。俺が今の名を名乗っているのは、人間の親に真心を捧げているとか、そんなふうに。だから、あんな重大事みたいに言うんだ。俺は自分自身のためにふたつの名を捨てた。それだけなんだ。
 それに蜜子の予言はな、動物の最後を感知する能力はあるが、あとは外れまくりなんだぜ? なにしろ明日の天気さえ占えねえんだからな! 俺の生涯も視たこともあるが、ひでえぼろくそ言ってたっけ。そんなもんだよ、占いなんてのは。悪いことしか言わねえんだから……。
なあ、可能性なんて幾百通りもあるんだし、悪いことなんて信じるだけ精力の無駄ってもんだ。だったら自分が信じたいことだけ信じろ。例えば未来は変わる、という明るい可能性を。───それでも運命に流されるようだったら、抵抗するんだ。ほんの数ミリでも向きが変われば、一年後には数センチに変わってる。十年後には数メートルだ。……どうだ? 百年後には予言なんて外れてると思わないか?」
「百年後……って」
 カリーファの目尻に溜まっていた涙が、ぽろりと落ちた。
「アキラちゃんって、脳天気、だね……」
「お前には言われたくねえんだけど」
「そう? ……でも、うん。ありがと」
 短い言葉に、限りない感謝が篭もっていた。
「僕が抵抗したら、悲しむひとがいる。だから明るく楽しいふりをいつまでも続けなきゃならないと思っていたけど……、アキラちゃんみたいな考えかたもアリだよね」
「アリどころじゃない。これは真理だぜ?」
「やっぱり脳天気だ」
 無造作に袖で顔を拭うと、カリーファはにっこり笑った。薄茶色の目がやや赤みを含んでいる以外は、泣いた痕は残っていない。
「僕はずっと、自分が生きていていいのか悪いのか、解らなかったんだけど……そうだね、運命は変わるっていう可能性は考えてもみなかった。そういう考え方のできるアキラちゃんって、やっぱりいい人だよ。───ねえ、僕と友達になってくれる?」
「断る。俺は『友達』なんて生ぬるいもんはいらねえ」
「あん、酷い」
 カリーファはくすくす笑い、アキラもつられて笑いながら光の壁に歩いていった。
 なんとなくだが、簡単に出られる気がしていた。手をかざして、触れるまで歩こうと思っていたら、あっけなく外に出ていた。
 雑木林のように鬱蒼とした木立がある。すでに夜の領域に入っているせいで、ほとんどが闇に沈んでいるが、枝が騒めく音や香りで膨大な樹を感じることが出来た。
「あー! 解った」
 カリーファは手を叩いて、辺りを適当に指差した。 
「ここは、あの場所だよ! ほら、僕とキマ鵺が出てきたところ」
 妖魔の見回りを義務付けられている、パワースポットだった。
「ああ、なるほどな」
 アキラはA地区と呼んでいるが、〈森〉での通称は“運命の力”だということを思い出した。偶然の皮肉に、つい苦笑する。運命をこき下ろした場所が、“運命の力”であるとは───
「ここは見張らなきゃ駄目だ。異次元と澱みに繋がっていて、“おしら様”ともどこか重なっている。だから聖なる光じゃなくて、逞しい力に満ちているんだ……」
 目を細めて、天へと続いている光の束を見詰めた。力強く輝いているパワースポットは、相変わらずアキラを惹き付けてやまない。
 この場所のようになりたい、と思う。
 誰よりも強く、逞しくなりたい。それは同時に優しいということでもある。自分に余裕がなければ手を差し伸べることなど出来はしないのだ。
 いつか、なってみせる……と思う。
 それは誓いではない。挑戦だった。


第九章 エピローグ(前)に続く。


ああ……次からはいよいよ最終章です。今まで長かったなあ……

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