本の話や宇宙の謎、猫の神秘、自作小説など、目についたものをなんでも盛り込むブログ。

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第八章(3)


 仄かに明るい水の中は生暖かく、体温よりも若干低めという心地よさでアキラを包んだ。
 手で掻き分けると普通の水よりも抵抗感を感じない。ただ、茫と霞んでしまっているので視界はほとんど利かなかった。
 前に泳ごうとして、はたと止まる。鵺の気配は白濁に紛れてしまっていた。
 闇雲に追おうとすれば見当違いを捜すはめになる。アキラはその場で右手方向に回転し、鵺の軌跡を捜して感覚を張り巡らせる。しかし、勝手の違う水の中は、思っていたよりも集中が途切れることを知った。
 微かな泉の揺らめきがアキラの短髪を小さくそよがせる。服が体に張り付いているのも気になって仕方がない。
 そして泉は意外と活発な精気で満ちていた。
 アキラは頭を振ってから、目を閉じて、ゆっくりと開ける。
 人差し指で唇に触れ、心の中で鵺に呼び掛けた。ほんの瞬き程度の反応でいい、鵺の思考が動けばアキラには察知できるはずだ。
 もう一度、鵺を呼んだ。
 希望を篭めたアキラの心に、
《あの者ならこの近辺にはおらぬ……》
 代わりに答えたのは銀玲姫だった。〈森〉の母たる存在は、微弱な振動として泉全体に広がっていた。水の性質がそうさせるのか、肌が触れるほど近くにいるようにも感じられる。
《一言だけだが、断りを入れる礼儀はついたな》
 銀鈴姫はくすりと笑った。
 肩をすくめると、銀鈴姫は親しみのこもった気配を伝えてきた。
《褒美として、わらわが力を貸してもよいぞ。追うのであろう?》
 感謝の気持ちを篭めて、アキラは大きく頷いた。
 周りの水がうねりを描いて凝縮してゆく。束となって渦巻き、それに引き摺られて、アキラの身体が回転を始めた。
 微かに明るいほうへ押されつつも、緩やかなターンは次第に華麗なスピンに移ってゆく。
 アキラは手と足で抵抗したが、却って不自然な態勢になっただけだった。洗濯機で洗われているシャツのように揉みくちゃにされながら、カリーファがもぎ取られそうになるのを懸命に抑えた。ぐったりとした無防備な身体は、されるがままに折り畳まれ、揉みしだかれて厄介な荷物となっていた。
 それでも、絶対に手を離したくなかった。
 腕に抱いたものは二度と手離さないと決めていた。たとえ最悪へ突き進もうとも切り抜けていけるだろう。……アキラはどれだけ回り道で迷ったとしても、いつか必ずゴールに辿り着くと信じていた。
 腕のなかのカリーファが、身じろぎした。
 気絶から覚め掛けて水を吸い込んだのか、口と鼻から大量の空気を吐き出して、苦しそうに手足をばたばたさせる。咳き込むように残りの空気を気泡に変えた。
 アキラの肺も限界に近かった。新鮮な空気を求めて、体中が悲鳴を上げている。心臓は痛いほどに波打ち、目の前が暗くなってきた。指先から感覚がなくなってゆく。
《……後継者よ!》
 銀玲姫の声に、アキラは貫かれたように感覚を呼び覚まされた。気が遠くなりかけていたのだ。
《さあ、『箱』にしまわれたものを解き放つがよい!》
 朗々と響き渡る声には、運命を指し示す効果があった。導かれて目を向けた先に、弛緩して漂う鵺の姿が見える。
 それも一瞬のことで、水中の竜巻じみた流れに視界が遮られ、上下も左右も判らなくなる。
 アキラは、咄嗟に手を伸ばした。
 後ろ足らしい象の皮膚に触れたとたん、渾身の力を篭めて掴む。
 そのままもつれ込み、アキラ達は眩しい光の奔流に投げ出された。


第八章(4)に続く。



ああ……もう本当に、なんて言っていいか……

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