本の話や宇宙の謎、猫の神秘、自作小説など、目についたものをなんでも盛り込むブログ。

2017/07123456789101112131415161718192021222324252627282930312017/09

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
第七章(3)



 密になって地を這う雑草は、緑のじゅうたんのように足取りを軽くしてくれる。
 腰の高さまでの低木が赤い実を付けている茂みを抜け、一本立ちの樹が点在する向こうに丘があった。アキラが感心した樹の根っこが、地面から這い出て丘をすっぽりと包んでいる。その麓にあたる場所に泉は湧いていた。
 小さいが、水面の真ん中が微かに盛り上がって、ころころという音まで聞こえてきそうな泉である。
「手と口をすすぎなさい。気分がよくなるぞ」
 ほとりに座ると、傍らに腰を下ろすように手招きする。
 アキラはわざと離れた位置に座った。
「顔も洗っていいか?」
「ああ、良いが───ただ、少し」
 言い掛けている言葉も聞かず、盛大に水をはね上げて顔を洗う。その途端、
「うひゃあ!」
 と叫んで、身震いした。慌てて頭ごと振り、雫を振り払う。
「……水が冷たいから気をつけろと言おうとしたのだが、遅かったようだな」
「先に言えよ!」
 腹立ち紛れに水面を叩き、不貞腐れてそっぽを向いた。頭から湯気を出している様子を見て、ガムシャナはくすくす笑った。
「せっかちな男だな。意地っ張りで、えばりん坊、しかも癇癪持ちか」
「悪いかよ!」
「いや、なかなか面白くてよい」
 アキラが不穏な目つきで振り向くと、悠然と構えた美丈夫は憎らしいほど晴れやかな笑顔を見せた。
「そなたの根は悪くない。自然とひとを引き寄せるものを持っているな」
「面倒くさい奴とか厄介事しか俺のところには来ねえんだけど……」
 唇を尖らせて呟くと、真剣な顔つきに替えた。
「俺の話なんか、どうだっていいよ。さっきも言ったが、蛭子があぶない」
 極力冷静に、今までの経緯を話した。
 自分が門を開ける仕事を負っていることから、たまたま統皇が迎えに行った兎が蛭子として生まれたこと、カリーファと鵺が現われて、一緒に〈森〉まで来たこと───。
 ガムシャナは興味深そうに聞いていたが、
「どれ、ひとつ見てみようか」
 つと手を延ばして泉の水を触った。
「水鏡か?」
「そうだ。特にここの水は、私の目と同じだ」
 軽くかき混ぜるようにして表に波を立てると、水面は淡く点滅して、ゆっくりと像を映し出す。
 曖昧な色から、次第に鮮明な光景が浮かび上がった。村の広場らしい石畳が、夕暮れの紅に染まっている。
 歩くのと同じ速さで映像が動いてゆき、ゼブラゾーンを描く通りを抜けた。
「ちょっと待てよ、これ時間がおかしくねえか?」
 覗き込んでいたアキラは、ガムシャナを見上げる。
「俺がここに来る前と景色が変わってないぞ? こんなはずは……」
「これでよいのだ。今現在の〈森〉は、そなたが大岩を通ってから何分も経っていない」
「ってことは───」
「そう、地下と地表では時間速度が違う。つまりそなたは、他の者よりも少しだけ多く歳を取っているのだよ」
「逆浦島、ってわけだな」
 ぶすっとして呟くと、水鏡を厭そうに眺めた。
 カリーファが村の者達に囲まれている。ポケットから次々と風船を取り出して、みなに配っているからだ。手渡すそばから割れて紙吹雪が舞う。
「あ、これが白髪小僧。自分の名前を言わない、変な奴なんだ」
 見え隠れする小柄な身体を指差すと、
「名前を言わないのは、そなたも同じではないか?」
 ガムシャナは何気なく、痛いところを突いてくる。
 アキラは不機嫌そうな目を向けただけで、返事をしなかった。
「もっと右に動かして───そう、そこの辺をアップで」
 兎族の家には、月影が肩を落として座るそばに統皇がいた。蛭子を腕に抱き、何かを言って月影に返す。声は聞こえないが、心配はないと告げたらしい。
 統皇は気ぜわしそうに立ち上がると、兎族の家を出て行った。待っている魂の気配を察知して、屋敷に戻っていったという感じだった。長老は大げさに胸を撫で下ろして深くお辞儀をし、毛玉にしか見えない塊を抱き締める。
「これが蛭子か。……ふむ?」
 ガムシャナは身を乗り出すと、水鏡に浸した指を動かした。一歩退いた程度に映像が離れる。
 月影の足元に蹲る鵺の姿があった。まだ伝言鳥を頭に乗せたままである。
 ガムシャナは目を眇めて見詰めると、
「〈神話〉と〈童話〉の澱みから生まれたもの、白き御子と、蛭子───か」
 水面を撫でてから、指を引き抜いた。
「なるほど、そういうことか」
「何か解ったか?」
「解った」


第七章(4)に続く。



「今浦島」 か 「逆浦島」 かで散々迷った覚えがある……思いっきりどうでもいい思い出(泣)

スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://kujyakudou.blog95.fc2.com/tb.php/56-2999e10e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。