本の話や宇宙の謎、猫の神秘、自作小説など、目についたものをなんでも盛り込むブログ。

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第六章(2)


 どこまでも続きそうな闇に、平衡感覚がおかしくなりそうになる。もし何かに転んだら上下さえも解らなくなるだろう。アキラは自分の格好悪い姿を想像して、厭な顔をした。
「火よ」
 手首を返して、燐に似た鬼火を呼んだ。普段だったら意識することなく発動できる術のはずである。───だが、手応えはなかった。
 もう一度身体の奥から感覚を呼び起こしてみるが、放出するそばから消滅していった。
「ここは、術が効かないのか?」
 独り言を洩らしたアキラは、今更ながら深い安堵の息を吐いた。
「さっき試さなくて良かったな。駄目だと解ったら取り乱してたかもしれない」
《どうして使わなかった?》
 黒い蝶は、つと触角を巡らせて向き直る。
《そなたは未熟ながらも、一通りの術は使えるのであろう。なぜ焼き払おうと思わなかった? 竜巻を起こし、追い散らそうとしなかったのだ?》
「それは───」
 言葉に詰まって、上下に揺れる蝶を見詰めた。
 黄金色の蝶を『良くないもの』だと判断したが、殲滅しようとは思わなかった。
 認めたくないが、感覚に染み付いていたのかもしれない。『命あるものを傷つけてはならない』という掟を。
〈森〉は動物のための世界、妖魔はそれを守ることを本義とする。能力や術はその目的から外れてはならないと、厳しく戒められていた。守護者が破壊を行なうのは、矛盾を呼ぶ行為だからである。
 アキラは、忌まわしい蝶に術を使おうとはしなかった。なぜなら、相手が生き物の様相をみせていたから……。
「俺は……蝶を大事にしようって会の会長なんだよ」
 唇を尖らして、呟く。
「蝶が好きなんだ。モリハナエのファンだし。……ハンカチだって持ってるぜ」
《意地っ張りだな、若き長よ》
 漆黒の蝶は、滲みこむように消えていった。
《よろしい。前に進むがよい!》
 耳を聾する大音声は、辺りを深く包んでいた暗闇を剥ぎ取った。遮光カーテンが一気に取り払われたように、氾濫する光が目に突き刺さってくる。
 思わず庇った腕をそっと降ろしたアキラは、茫然と辺りの光景に見入った。
 教会のようなゴシック天井が、柔らかい陽光に透けている。ふくよかな線を描く列柱が螺旋状に地下へと続く階段を支え、ねじれた彫り物の手摺りが豪華な縁取りとなっていた。頭を出して下をうかがい見ると、優雅な階段はどこまでも降りてゆけるらしく幾重にも重なっていた。
 それらが全て、水晶のような物質で出来ているのだ。
 丁寧に削られた面が角度によって光を集め、拡散して煌めいている。
「ここから地下にいくのか? ガムシャナ」
 話し掛けてから周囲を見回したが、浮遊していた黒蝶はどこにもいなかった。気配さえもきれいに消えている。
「案内は終わりかよ。サービス悪いな、まったく……」
 アキラは舌打ちして、階段口に踏み出した。
 磨き込まれた階段は艶のある光を発し、滑らないで降りるのは至難の業のような気がした。ガラスよりも美しい階段は、どう見ても実用的ではない。
 躊躇っていると、何かの気配がアキラを擦り抜けて行った。
「な、なに───?」
 ぎょっとして壁に張りつくと、亡霊のような薄透明の人影が、背中を見せて階段を降りてゆく。カーブに差し掛かったとき、まだ若そうな顔が一瞬だけ見えた。
 その決意に満ちた顔に、アキラは驚きの声を上げる。
「俺の目と同じ色だ!」
 追いすがる勢いで手摺りから身を乗り出すと、足音も立てない人物は悠然とした歩調を崩さずに、確実に降りていた。
 どうに解釈していいのか解らずに稀薄な姿を見詰めていると、やや小さくなり掛けた人物の足元に、黒い稲妻のような線が勢い良く這ってゆく。水晶で出来た階段にひびが入っていた。
「あ……!」
 またたく間に地下への階段部分が崩壊し、かすんで見えない奈落へと落ちていった。薄い人物は機敏に飛びのいて無事である。
 人物はしばし茫然とした態で、通行不能となった通路を見下ろしていた。アキラが成り行きを見守っていると、急にくすくす笑っているような素振りをし、祈りを捧げる仕草をしてから真っ暗な空間へとその身を躍らせた。
 瓦礫が落ちていったときと同じ呆気なさで、半透明の男はアキラの視界から消える。茫然とするのはアキラの番だった。
「今のは、なんだったんだ?」
 不条理な思いに潰されそうになり、手摺りにもたれ掛かる。
 その後ろを、再び気配が通り抜けていった。
 まだ少年である。優しい顔立ちのなかに、やはり緑掛かった目を持っていた。
「待てよ!」
 薄透明の背に叫ぶが、少年は振り向きもしない。
「く、そ……!」
 アキラは吐き捨てるように呟いて、少年を追い掛けた。
 案の定、階段は滑りやすくできている。革靴の踵が横滑りしそうなのを、懸命に立て直しながら、
「止まれ、止まれったら!」
 襟首を掴もうと、手を延ばす。壁の浮き彫りが透けて見えている姿は、突然つんのめる姿勢で止まり、にっこり笑って飛び降りていった。
 列柱にしがみついて勢いを殺すと、アキラは恐る恐る下を覗き込んだ。階段が崩れ落ちたせいなのか、霞が掛かった空間しか見えない。
 アキラは悄然と肩を落とした。
「あれは幻影だ。きっと過去の後継者たちだろう。しかし……」
 と、唇を噛む
「訳が解らない。なぜ自分から落ちる? 何か意味があるのか?」
 アキラは立ち上がると、来たほうを睨み付けた。
 階段を降りてくる、稀薄な人影を。
「来るな!」
 行く手を阻む手段が見つからずに、両手を広げて立ちはだかる。自分と同じ年ごろの男は、希望に顔を輝かせてアキラの身体を素通りしていった。
 振り返るまでもなく、気配が落ちてゆくのを感じる。恐らく嬉々とした表情で……。
 この場所には精神を錯乱させる作用があるのだろうか。アキラは考えながら、きつく目を閉じた。
 しかし、だったらなぜ自分には効果がないのだろうか。
「受け入れられていない、ということか? しかしガムシャナは進めと言った……」
 行くことも戻ることもできず、アキラはただ頭を抱えてうずくまっていた。
 その間も幻は現出し続け、次から次へと押し寄せる自滅者を肌で感じながらも、どうすることもできない。
 アキラは不意に顔を上げた。
 何かに優しく髪を撫でられた気がしたのだ。
 近代に近い服装の男が、アキラを振り返りながら微笑んだ。緑がかった瞳は穏やかで、朝の湖を思わせる静けさだった。
 ついと視線をそらし、男は海に飛び込むような体勢でその身を虚空に躍らせた。その姿が見えなくなるまで目で追って、アキラは愕然とした表情で立ち上がった。


第六章(3)に続く。

まだ……続くのか……ぐおおお……!
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