本の話や宇宙の謎、猫の神秘、自作小説など、目についたものをなんでも盛り込むブログ。

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第六章(1)



 しばらくは目を開けているのを疑うほどの闇だった。自分の手を顔の前で振ってみて、妖魔の視力でさえ何も見えないことに驚く。こんなことは久しくないことだった。
 慎重に一歩進んでみる。足をつけている場所は安定していた。
 無駄だと思いつつも周囲を見回してみると、目の錯角かと思うような小さい光が現れた。
 風に舞い上がる落ち葉のように、ふらふらしながらアキラの前を横切ってゆく。小さい点は、よく見ると黄金色をしていた。
 もうひとつ、点が現れる。
 そして初雪が降り始めるときの緩慢さで増えてゆき、徐々に闇を追い払っていった。
 黄金色の飛翔、乱舞。
 いつのまにか視界いっぱいが黄色で埋め尽くされた。しかも蠢いていて、微かな黒い斑点さえもが踊っていた。
 それらは蝶だった。
 黄金色の蝶が飛んでいるのだ。何千、何万という蝶が、互いのはばたきを邪魔せんばかりに団子となって、アキラの前をせわしない様で横切ってゆく。それは圧倒的な光景だった。
 押し寄せてくる黄金色の渦、波のように砕けて散らばり、めまぐるしい混沌をみせて踊り狂っている。
 アキラは眉をひそめた。
「なんだか厭な感じ、だな……」
 漠然とした不快感は、呟きを洩らしてから勢いを増してアキラを襲った。
 突如として身をふたつに折り、激しく口を塞いで目を細める。微細な蝶の粒子が、空間を漂っているのに気が付いたのだ。
「鱗粉が───」
 なぜか解らないが、口のなかに、肺に侵入してくるのを身体が拒んでいる。音もなく髪や服に降り積もるのも厭だった。
 ひと降りごとに自分が穢されてゆく気がする。説明の出来ない感覚に、身体が震えた。
「くっ……!」
 焦って周囲を探るが、蝶以外は何も見えない。すぐ後ろにあるはずの黒い岩を振り返るが、そこにも静かにざわめく鱗毛が波を打っているだけだった。
 黄金色の流動的な壁に閉じこめられたも同然だった。
 アキラは呼吸することもできず、苦しさから床に膝をついた。蝶の群れに、無理やりでも突っ切って行けるような隙間を探す。
 しかし、数えきれない翅の群れに直接触れることを考えると、怖気が走った。
 アキラの勘は、この蝶を『良くないもの』と断じていた。なにか禍々しい、気味の悪いもの───得たいが知れず、未知の力を感じさせる何かであると……。
「ガムシャナ!」
 最後の望みで、呻いた。
「俺を、受け入れろ! 導け!」
 アキラの言葉は、蠢くものを粉々に吹き飛ばした。テーブルにこぼれたシュガーパウダーを、ふっと息で掃いたように、それは流れる軌跡を描いて霧散する。
 後には、闇だけが残った。
「今のは……?」
 気配がなくなったのを慎重に確認して、漸く空気を貪る。普段は滅多に汗をかかないのだが、額を拭うと冷汗が滲んでいた。
《資格のある者よ》
 油断していたアキラは、突然耳元に囁きが聞こえて心臓が跳ね上がる。
「誰だ!」
《そなたは私を喚んだ。後について参れ》
「まさか、ガムシャナ?」
 疑い半分の問いに、答えは返ってこなかった。アキラはむっとして口を尖らせる。
「ついて来いって言ったってな、真っ暗で何も見えねえっつうの! 姿を現せよ!」
 目の前の暗がりを斬るように腕を振り上げる。
 微かに苦笑を含んだ声が響いた。
《私はここにいる……》
 手を延ばした先ほどの宙に、淡い燐光が生まれた。
 目を凝らしてみれば、漆黒の蝶である。辺りを取り巻いている闇よりも、更に濃い色に染まっていた。しかし、禍々しさは感じなかった。
 人間界で見かける蝶と同じで、つい指を立てて止まらせてみたくなる。この場にいるのが自然であると言いたげに、ただあるがままに存在していた。
 アキラは、ふと顔をしかめた。
 あるがままに。───それこそがガムシャナの、〈森〉の本質であるのを思い出したのだ。
 輪郭だけが存在を主張している蝶は、頼りなげに揺れて飛んでゆく。アキラは仕方なくついて行った。


第六章(2)に続く。

まだ苦行の最中です……

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