本の話や宇宙の謎、猫の神秘、自作小説など、目についたものをなんでも盛り込むブログ。

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第五章(7)



 石畳には、斜めに差し込んでくる陽が樹の陰影を描いて、ゼブラゾーンのような模様を刻んでいる。アキラはひと気がないのを確かめながら、慎重に歩いていった。
 時々物思いに沈み込むせいで、歩みが遅くなる。気が急いているはずなのに、足を前に出すことをためらっていた。
 大通りをひたひたと満たす夕方の気配は、中央の広場だけが一際濃い。黒光りする大岩が、闇を先駆けているように見えるのだ。
 巨大な岩を見上げながらも、アキラは迷っていた。
 こうしている今も、蛭子の身体は刻一刻と衰弱に向かっているのだ。足を止めている場合ではない。……解ってはいるのだが、一歩が踏み出せないでいる。
 緑掛かった目を隠すように、両手で顔を覆って歯を食いしばった。
 手には徐々に冷たくなってゆく蛭子の感触が残っている。それが昼間、最期を看取ってやった猪の冷たさと重なってゆく。
「駄目だ……」
 うめき声が洩れた。
「そんなことさせない。俺はあいつを助けたい……しかし───」
 銅版で刷られた肖像画が脳裡に浮かぶ。色あせて暗い印象を受ける、ガムシャナの姿だった。
 アキラはいつしか、決然と目を上げていた。
 唇を噛んで、黒光りする大岩をにらみ付ける。心中の振り子が揺れすぎて、振り切れてしまったかのように。
 そのとき、後頭部の髪が引っ張られるような感覚がして振り返った。知っている気配がこちらに来るのを感じたのだ。
 身体を見えなくする術が効いているのを確かめてから、アキラは息を潜めて大岩に寄りかかった。
 そのとき、通りの向こうから鹿族の子供が走ってくるのが見えた。
「お急ぎを……!」
 切羽詰まった声を上げて、後ろを仰ぐ。
「みんな待っています。統皇様」
「解っている……」
 穏やかな声と共に、やや早足になった統皇の姿が現われた。目から放出する黄金色の光量を、最小限に絞り込んでいる。
 アキラが気配を殺していると、統皇の視線は何事もなく素通りしていった。
 そして気が付いてしまったという顔で、アキラの姿を探り当てる。
「先に行っていなさい」
 鹿族の子供に手を振った。
「でも───」
「大丈夫だ。先程からあの仔の気配は安定している。……すぐに行くから」
 服の裾を掴んで逡巡していた子供は、統皇の威厳ある口調に深々と頭を下げた。
「お願いします。なるべく早く会ってあげてください」
 焦りで足をもつれさせ、転びそうになりながら駈けていく。
 統皇はその姿が見えなくなるまで見送ってから、アキラを真っすぐに見詰めた。
「術を使うのが上手くなったな。私でも一瞬見えなかった」
「一瞬、ねえ……。じゃあ、まだまだってとこだな」
 舌打ちして、術を解いた。拡散していた光を元に戻した反動で、視界が歪む。
 顕わになった顔に苛立ちが滲むのを、隠すことも出来ない。
「遅いんだよ。何やってたんだ」
「済まない。中庭に辿り着いた魂が切れなかったのでな、なかなか出られなかった」
 心から申し訳なく思っているのか、うな垂れる。
 アキラは更に言い募ろうとしたが、舌打ちをしてそっぽ向いた。
「応急処置はしておいたぜ。後は月影に訊いてくれ」
「解った。行くのか?」
「仕方ねえだろ。俺はあいつをこの手に抱いちまった。やれることは何でもやるさ」
 統皇は口元を綻ばせ、
「そうか……」
 と呟いた。
 意外にもしてやったりという笑みではなく、肩の荷を降ろしたような表情だった。
「ガムシャナに会ったら言いなさい。『〈森〉の風は止むことなく吹いている』……と」
「はあ? なんの意味があるんだよ」
「彼が喜ぶのだ。それだけだ」
 訳知り顔で首肯くのを、アキラは呆れて見詰め、背を向けた。
「言わねえよ。気に入るようなことは一言も言わない。……俺は『後継者』になりに行くんじゃなくて、訊きたい事を訊きに行くだけだ。勘違いするな」
「晃夜」
 統皇の言葉に、切れ長のアキラの目に怒りが燃え上がった。
「その名で呼ぶんじゃねえ! 何度言ったら解るんだよ!」
「しかし……」
「うるさい」
 アキラは大岩に手を当てた。
「これ以上の譲歩は出来ない。俺に何かを求めるな」
 統皇の寂しげな気配が背中に感じられて、振り切るように目を閉じた。
「ガムシャナ! 俺を中に入れろ……!」
 叫んだ途端、手に触れていた大岩が柔らかく変質する。焦れったくなって肩から押し入ると、弾力がするりと消えた。
 アキラは地下への入り口、大岩の中に入っていった。


第六章(1)に続く。



第五章長すぎ……
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コメント
この記事へのコメント
はじめまして!
ちょっと読んだんですが、なんだか凄い感じですねΣ( ̄□ ̄)!
時間があったら最初から読みたいと思いましたぁ('-^*)ノ
また遊びに来ますね♪
2008/09/28(日) 20:04 | URL | りんりん #-[ 編集]
りんりんさん。
こんにちは~、ご訪問ありがとうございます!
褒めていただいてかなり嬉しい私です(^^)
ぜひ第一章から読んでいただきたいですねえ~!
よろしかったら、感想などをお寄せくださいませ。どうぞよろしく~
2008/09/29(月) 03:54 | URL | 孔雀堂 #-[ 編集]
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