本の話や宇宙の謎、猫の神秘、自作小説など、目についたものをなんでも盛り込むブログ。

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【あらすじ】
 主人公 ・ 紫堂アキラは、小さな喫茶店を営む若い男である。性格はせっかちで乱暴。
 ケーキの仕込みを邪魔をする子分を退治して、ドッと激しい疲れに襲われたアキラは、ふと自分の運命に思いを馳せ、悲しい顔を見せるのだった……

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(2)

 喫茶店のビルは、一階が店、二階と三階はアキラの住居になっている。ビルの外階段で二階のドアから入り、更に内階段を昇った三階が実質的な彼の部屋だった。
 屋根裏のように天井が斜めになっていて、灯り取りの窓から切り取られた空が覘いている。朝の仕込みを終えると、アキラはその窓から身軽に屋根の上へと昇った。
「ああ……、疲れた」
 そう言って、大きく伸びをする。何の変哲もない静かな街並みを眺めるのが日課となっていた。
 アキラの住む街は、活気こそ乏しいが住みやすさにおいてこれ以上ない所だった。都心のベッドタウンとして住宅がひしめき、病院や学校が満遍無く配置されている。交通にも不便はない。
 ただ、街の象徴として華美な鉄塔が建っているのだが、電波の中継点とクリスマスの電飾にしか使えないのが「壮大な無駄遣い」と住民はこぞって眉をしかめる。言い換えればそれぐらいの不満しかないのが、平和といえば平和だった。つまり鉄塔は、逆説的に“平和の象徴”としての役割を担っている。
アキラはこの鉄塔が嫌いではなかった。むしろ思い出深いものすらある。だからこそ、この街に住んでいるのだが……。
 灰皿代わりにしているチェリーの空缶を傍に引き寄せると、アキラは冷たい瓦に身体を横たえた。
 目の前には、遥か彼方まで屋根を連ねている街が、陽に照らされてぬくもっているように見えた。空気だけは息を吐くとまだ白い。アキラは切れ長の大きな目を細めて、屋根の一部になろうと努めた。そうすると無心になれるからだ。
 と、瓦の下から、空気よりも濃厚な気配が凝縮するのを感じて、
「……江森か」
 急に顔を曇らせて、舌打ちした。
 それに反応するように、黄色の靄が湧き出した。
 宇宙の黎明期に銀河系が出来上がってゆくさまを見るように、徐々にひとりの男の姿が形作られてゆく。
 それは形が安定すると、瞬く間に現実の存在感を得て、そこにいた。白いワイシャツと紺のスラックスという格好の男が、片膝をついて簡略な礼を取っている
「なんの用だ?」 
 アキラは驚きもせずに言って、背を向けた。
「おくつろぎの所、申し訳ありません」
 男は穏やかに言い、伏せていた顔を上げた。右の瞳だけが血の色をしているせいか、見る者を落ち着かない気分にさせる。
「ドギーとミイが捜しておりますが、いかが致しましょう」
「ほっとけ」
 アキラは、ぞんざいに言って煙草に火を点けた。
「あいつらのせいで今朝はひどい目に合ったぜ。ふたりして邪魔ばかりして……まったく、俺の子分を気取ってまとわりついてくるんなら、もう少し役に立ってもらいたいもんだよ」
「……同感です」
「そのうち飽きて、家に帰るだろ」
「しかし、戸棚のピクルスだのレモン酒だのを摘み食いして、転んだ拍子に床にぶちまけたりしていますが……」
「それを早く言えよ!」
 アキラは勢い良く身体を起こし、気が変わって、また横になった。
「ピクルスは傷んでたんだった。ま、いいか……」
「レモン酒の方もよろしいので?」
 からかいの混じった口調に、アキラはあからさまに厭な顔をした。
「あれは……氷砂糖の配分を間違えて、失敗したやつだ」
 ミイの言う通り、本当に俺ってセンスねえのかな。口に出さなくとも顔にそっくり出てしまっているアキラに、江森はちらりと微笑を見せる。
「いつものお出かけは何時ごろになりますか?」
 江森の言葉に、アキラは口を尖らせた。
「午後だ。解ってるだろ。……別に行かなくていいっていうなら行かねえけどよ」
「いえ、そういうわけでは───」
「じれったいな。はっきり言え」
 江森は薄い水色をしている空に目を向けて、咳払いをした。
「その、先ほど蜜子様の使いがみえて……」
 アキラは瞬間、睨むような目を向けた。
「……だからなんだよ?」
 突っかかるような言うと、ふたりの間に沈黙が落ちた。隙間を埋めるように小さな鳥が朝の歌を唄いながら遠い上空をはばたいてゆく。
 アキラはほとんど吸わなかった煙草をもみ消して、静かに控えている江森を見つめた。江森の方は視線を避け、自分のつま先あたりを見つめている。このままアキラが黙り続けていれば、何時間でもそうしているように見えた。
「門を開けるのか」
 たまりかねて詰問の口調で言うと、江森はようやく柔和な表情で見返してきた。
「時間と場所が解り次第、伝言鳥をよこすそうです。今はまだ午後辺りとしか」
「ふうん……」
 気の抜けた口調で言ってから、アキラは身を返して江森の顔を覗き込む。
 切り込むような目をしていた。
「もう厭だ、と言ったらどうする?」
「それは許されません」
 江森は平然と言葉を返す。
「これはあなた様に課せられた義務なのです」
「解っている。しかし、やりたくないんだ!」
 アキラは唐突に手を振り上げ、叫んだ。
「俺はすでに、〈森〉のシステムに組み込まれている。……しかし、俺の感情は俺の物だ。そうだろ?」
「……はい」
 江森が頷いた。その一瞬のためらいを敏感に捕らえて、アキラは更にきつい目つきで見つめる。
「俺は〈森〉が要求してくることを全部受け入れる訳にはいかねえんだよ。納得できない。今でもだ。───門を開けるたびについ思ってしまう。可哀想に、と……」
「それはまだあなた様が、理解してらっしゃらないからです」
「理解していない……?」
 アキラの声は引きつった。
「理解ってなんだよ。理解すれば平気になるのか? 目の前で死にゆくものを見ても、何も感じなくなるってのか?」
 乱暴に瓦を蹴って起き上がる。緑掛かった目が炎のように揺らいで、憤怒の形相に変えた。
 全ての元凶が江森であるかのように、アキラは沸き上がる激情に身を震わせて叫んだ。
「ふざけんなよ! 俺はそんなの厭だぜ、慣れた手つきで門を開けて、何事も無かった顔すんのはな! 〈森〉がそれを求めているんだとしたら、俺は〈森〉を……お前も、統皇も、ドギーもミイも蜜子も、俺自身でさえ全部否定してやる!」
「……アキラ様」
 激昂を招く覚悟が出来ている顔で、江森は片膝を突いた姿勢から立ち上がった。
「あなた様にはできません。進んで矛盾を作り出すようなことは……」
「できるぜ? 試しにやってみせようか。そんなモノはありえない、と思いさえすればいいんだ」
「そうすることによって、何か利点はありますか? ご自分の存在する意義は?」
 アキラは、肩を聳やかした。
「意義なんて無くたっていい」
「投げ遣りからは何も生まれません。それに本心からのお言葉とも思えません。私には、ただ泣き言を言っているようにしか聞こえませんが……」
 穏やかな声に、アキラの理性は吹き飛んだ。頬が紅潮して目の前が歪む。
「お前はいつもそうだ!」
 指を突き付けて怒鳴った。
「何を言っても、最後には説教臭い言葉で俺を丸め込もうとするんだよな! 癇癪起こした若造の言うことなんて、本当はまともに聞いちゃいらんねえんだろ。なにしろお前は、俺のおもり役だもんな。適当にあやしておいて、義務だの仕事だのをやらせておけばそのうち分別も付いてくると思ってんだ」
 江森は、俯いていた顔をふいに上げた。
「アキラ様、それ以上の事を仰ってはいけません」
 その瞳の強さに一瞬言葉を失ったアキラは、更に苛立ちを募らせて睨みつけた。
「なんでだよ」
 唸るように言って、江森の襟元を掴んでねじり上げる。
「言いたいことぐらい、言ったっていいだろうが!」
「いいえ、いけません」
 互いに一歩も引かず睨み合い───江森は、ふっと息を吐いて、微笑んだ。
「なぜなら……私が、悲しくなりますので」
 血の色をした右目と、黒く優しい左目は、目の前の若者に対する親愛にあふれていた。
 胸を衝かれて、目をそらす。
「アキラ様……」
「うるせえよ」
 突き飛ばすように襟元から手を離し、背を向けた。
「何も聞きたくない」
「しかし……」
「うるっせえんだよ!」
 黄色のエプロンを乱暴に脱ぎ捨てると、背中が生き物のように胎動して盛り上がる。綿シャツが内側から持ち上げられ、みるみるうちに引き裂かれた。そこから黒い翼が、蝙蝠の皮膜が現出し、アキラの背で巨大に広がった。
「あ───」
 江森に引き止める間を与えず、アキラは瓦屋根を軽く蹴って空へと飛び立って行った。



 黒い皮膜をはばたかせたアキラは、眉間に皺を寄せて清々しい空気を浴びていた。殆ど意識する事無く悠然と大空を切り裂いてゆく。
 住宅街に突き出した、華美な鉄塔。その頂上に人ひとりが座れるスペースがある。メンテナンス用の器具置場なのだが、そこはアキラが唯一ひとりになれる場所だった。
 巨大な皮膜を折り畳んでかぼそい鉄塔に降り立つと、窮屈な空間に腰を下ろす。
「───戻れ」
 呟くと、皮膜は現出したのと同じ素早さで背中に消えた。痛みに耐えているような顔を仰向ける。その目は、緑掛かった色ではなく黄金色に輝いていた。       
 闇のなかで振り返る、動物のように。
「ちくしょう……戻れよ」
 己れの瞳に呟いて、苛立たしげに瞬きする。それでも微かに黄金色がまとわり付いているのを感じて、
「くっそ───」
 必要以上に膝を抱えて、歯を食いしばった。
 彼は、人間ではなかった。


(3)へ続く。



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(3)へ続く。


気に入っていただけたら嬉しいのですが……


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