本の話や宇宙の謎、猫の神秘、自作小説など、目についたものをなんでも盛り込むブログ。

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(4)



 丘の上から続く細い道は、“客”を迎えるに相応しい景観を伴っていた。
 緩やかな下り坂が平坦に変わる頃には、さり気なく並木道に移っていって、いつしか樹々の天蓋が頭上を覆う。黒い葉の間から陽光が土に落ち、そよ風に揺れる枝の動きに合わせ、ちらちらと光が瞬いている。
 どこか隠れた岩から清水が湧いているらしく、風が瑞々しい空気を運んできた。
 目を転じると、木の陰に憩っていた小鹿が飛び跳ねて逃げる。転生する前に寛いでいる魂だろう。───〈森〉には確かに動物たちの気配に満ちている。声なき声で歌う鳥、枝を伝わって髭を震わせる栗鼠、昼寝をする大型の猫科動物や木陰に佇んでいる草食の首長い生き物。どれもが楽しげにさざめいているが、実際の声としては聞こえない。
 気配だけが全てを語っている。ここは楽園だ、と。
 動物のための世界だ、と───
「気持ちのいいところだなあ」
 カリーファは嬉しそうに言った。
「ねえ、キマ鵺? お前もそう思うよね」
《……》
 鵺は何も言わなかったが、その目には同意する色が浮かんでいた。
「お前等に転生する動物を見せてやろうか?」
 急にアキラが、いたずらを思い付いた顔で言った。カリーファは首を傾げる。
「そんなことできるの?」
「幻ならな」
 片目を閉じると、先に立って歩き出した。肩越しに手招きする。
「ちょっとしたサービスだよ。お前等“お客さん”に」
 顔を見合わせたカリーファと鵺は、よく解らないながらも置いていかれまいとして足を速めた。
 アキラは深くて長い息を吐くと、両手を顔の前にかざした。様式に則った動きで気合を籠める。
 半分ほど閉じたまぶたからのぞいている瞳は、微かに黄金色を帯び始めていた。
「……来い」
 低い声で呟くと、人差し指を唇に当てて、目の前の空間を斬った。
 一陣の風が通り抜けてゆき、やや離れた前方に気配が凝縮し始める。
 電磁的な影が走ったと思ったら、一頭の黒豹が緩やかに姿を現した。
「かつて〈森〉を巡った魂だ。“想い”を拾い上げて形を作ってやったからな。つまり、幻だ。恐くなんかねえぞ」
 アキラはカリーファの白い頭を軽く叩き、黒豹を目で追った。
「こいつは動物園の檻に閉じこめられて、ノイローゼになったんだ。欝屈したまま死んだから、長い間〈森〉を彷徨った」
 しなやかな歩き方の生き物は、よく見ると毛が抜け落ちて艶をなくしていた。もがいた痕なのか、片足を引きずり疲れているように肩を落としている。
 道は狭くなり、いつのまにか〈森〉の樹々は陰欝に変わっていた。折れ曲がった枝がだらしなく垂れ、瘤だらけの幹はどれも絶叫する顔にしか見えない。
 両側に生い茂る雑草は不穏にうごめき、空気までもが痛みを感じるほど冷たくなっている。
「この景色は───こいつが見えている〈森〉の姿だ。すさんだ動物には楽園がこう見える」
 アキラが呟くと、黒豹は哀しげな目を上げて樹々を見上げた。陽光が微かに射してきて、黒豹の足元を照らす。
 福音の兆しが顕著になり、斜めに射してくる光は増えていった。
「しかし、ようやく終りが来た」
 動物の守護者の声は、力強く響いた。
「狭い檻の中での憤懣は遠いものになり、今では忘れかけている」
 アキラの言葉が合図となり、両側を覆っている樹々が明るくなった。黒い葉は一歩ごとに鮮やいでゆく。
 ねじれた樹は疎らになり、絡まり合った枝がほどけて空の色をのぞかせた。
「自分がどこに行けばいいか、判った」
 黒豹は背筋を伸ばして、木漏れ日をいっぱいに浴びる。その光が全身を包み、艶やかに毛皮を蘇らせた。
 いきなり黒豹は、歓喜の雄叫びをあげて走り出した。アキラまでもが万感の思いで叫ぶ。
「光だ、光の中へ行こう!」
 アキラの声に触発されたように、弾丸となってまばゆい広場に駈けてゆく。
 後を追うもの達も、それに負けまいとして目もくらむ中に飛び込んだ。開けた場所は下草が短く刈ってあり、呆れるほど広々としている。陽光は目に痛いほど輝き、全身で喜びながらアキラは振り返った。
 数多の動物たちらしい影が一様に輝いて、空気に溶けてゆく。
「動物達は、気持ちが真っさらな状態でここに立つ。さあ、何が見える?」
「これは……」
 息を切らせたカリーファと鵺は、目を丸くしていた。
 そこには、見上げるほどの白い壁と、荘厳な門が出現していた。───と、同時にだだっ広い草原も目の前に広がっている。どちらも確かな重みがあり、片目ずつ別の景色を見ている感覚に近かった。
「選べるんだ。どちらでもいい。……もう少し魂を休めてもいいし、もう充分だと思ったら転生していい」
「さっきの豹は───どっちを、選んだの?」
 カリーファが切れ切れに訊いてくる。アキラは薄く笑んで、首を振った。
「確かめていない。───でもあいつのあの目、あの喜び……俺はこっちだと思う!」
 言うなり、アキラは転生の門をくぐった。
 その瞬間、周囲に広がっていた草原は掻き消えて、どこかの中庭と思える場所に入っていた。
 統率者の中庭へ───
 塀で囲まれた庭は中央に泉があり、ほとりには一本の香木が植えられている。その木陰に一段高くなっている台座と、ひとの姿があった。
 裾の長いローブで全身を包んだ、ひとりの中年の男がにこやかに微笑んでいる。内側に宿している黄金色の光は隠しようもなく、瞳からこぼれていた。
「……晃夜?」
 男が微かな戸惑いを滲ませて呟く。
「アキラちゃん、待ってよ!」
 カリーファの声に、アキラは我に返った。
 中年の男から顔をそらし、腕組みをして冷たい門に寄りかかる。
 そこへ、つんのめるようにしてカリーファと鵺が現れた。
「これは……、驚いたな」
 男が悠然と微笑んだ。
「魂ではなく、客人が飛び込んできた」
 カリーファは驚いた顔で周囲を見回し、男に気付いてバネのようにお辞儀をする。
「あ、お邪魔してます。その……勝手にすいません」
「いや、構わない。少々突然すぎただけだ。───あなた方のことは知らせを受けている」
「ということは……もしかしてあなたが〈森〉の王様ですか?」
 慌ててカリーファは跪いた。
「始めまして。あの、僕、うまく言えないけど……今少しだけ祈らせてください。すべての動物が幸せになるように───」
 目に涙をいっぱいに溜めて、鵺の体に手を置いた。
「悲しみはいつか癒える日が来るんですよね。でも、少しでもその日が早く来ますように……」
 男は呆気にとられた顔をして、それから徐々に慈愛に満ちた笑みに変わる。
「感謝するぞ、客人よ。祈りを捧げてくれたのはあなたが初めてだ」
 アキラはゆっくりと体をずらし、門の外へ出て行った。その顔には苦すぎるほどの表情が浮かんでいる。
「あれ、アキラちゃん? どこ───」
 カリーファの声が追いかけてきたが、聞こえなかったことにしてその場から離れた。


第五章(1)に続く。


ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!


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