本の話や宇宙の謎、猫の神秘、自作小説など、目についたものをなんでも盛り込むブログ。

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蝙蝠のかいなに水の月

 第一章(1)


 暦の中だけの春……。
 街はまだ朝霧の名残でけむっていた。弱々しい陽を受けてアスファルトや街灯が深呼吸したかのように、新鮮な煌めきに満ちた時刻。
 目立たない小さな喫茶店から、怒鳴り声が響いた。
「この馬鹿ったれが! 生地をこねるときは指輪を外せって言っただろ!」
 若い男の声は、三階建てビルの一階から出ていた。
 世間に知られまいとしているように、看板が植込に隠れている喫茶店である。店内には商売をしている華やかさはなく、一枚板のカウンターだけが丁寧に磨き込まれて木目の美しさを見せている。テーブル席が三つとカウンター、偽物の暖炉。店にはメニューすらなく、客など来て欲しくないという雰囲気が漂っていた。
 今はまだ開店前で薄暗く、カウンターの奥の部屋だけに明りがともっている。そこは調理場だった。
「あっ、その蜂蜜を舐めるんじゃねえよ! 高かったんだぞ、それ」
 怒鳴り声は更に響く。
「もういい! お前は何もするな!」
 調理場には二十歳ぐらいの長身の男が、睨むようにして立っていた。長い手足と猫を思わせる優美な体付き、全身に漲る精気は若々しく、『火花のような』と形容するのが合っている。
 顔立ちは、少年の顎と短い黒髪のせいで短気な性格が浮き彫りになっていた。その中でも独特の彩りを添えるのが、切れ長の大きな目だった。その瞳は緑掛かっていて、じっと見据えていても常に炎のように揺らめく、不思議な色合いをしていた。
 今は調理場にいるせいで、黒い平服の上下に黄色のエプロンを着けている。帽子代わりにバンダナで短髪を覆い、中途半端に家庭的な雰囲気を持っている。
 男の前にはテーブルがあった。
 小麦粉を練った生地が丸まって置かれ、バターや砂糖、ドライフルーツの入った皿なども、隅の方で使ってもらえるのを待っている。
 予定ではとっくにケーキに化けているはずの材料を見渡して、男は木の伸ばし棒片手に唸るような声を上げた。
「……ったく、手伝うって煩いからやらせてみりゃ、全然役に立たねえじゃねえか!」
 握ったこぶしを振り上げて、鼻にしわを寄せる。
「絶対にもう何もするなよ。お前が一歩でも動いたら、俺は暴れん坊将軍になっちまうぞ、いいな?」
「そんなこと言ったってさあ」
 のんびりと言い返したのは、手を粉だらけにした小柄な男だった。
「朝の四時半に起こされて眠いんだもん。ちょっとぐらい大目に見てくれてもいいじゃんかあ」
 と、子供っぽく頬を膨らませる。
「それにさあ、お菓子を作るのがこんなに面倒臭いなんて思わなかったんだよお」
 上目遣いに見上げて、やや媚びを含んだ笑みを浮かべた。
「……ねえ、アキラ様あ、二丁目のケーキ屋で買ってきて、今日のところは終わりにしない?」
 その言葉に、アキラと呼ばれた男はこめかみの辺りを引き攣らせた。
 小柄な男は、一瞬の沈黙に気を良くしたのか、
「大体さあ、作ったってタカが知れてるしねえ」
 自分の言葉に頷く。
「オリジナルが作りたいばっかりに、わざわざこの店開いたっていうのも凝りすぎっていうかあ」
「凝りすぎっていうか?」
 棍棒にも見える伸ばし棒を手のひらに打ち付けながら、アキラは促す。
「無駄な努力っていうかあ」
 間延びした口調が、あくびで余計に語尾が伸びる。アキラの身体がじりっと一歩近付いたのは、涙混じりの目には映らなかった。まだすっきりしないのか、腕を大きく上げて盛大に身体を反らせる。
「前に作った、あれなんか酷かったもんねえ……『あんずとプルーンと桃の、栗まぶしタルト』だっけ? ドギーなんて一口食べて悶絶してたよお。あとさあ、『英国風ごまと木苺のケーキ』も、洋風なんだか和風なんだか解らなくなってたしい、『チョコレートムースの固焼きパイ』なんて中に瓦が入ってんのかと思うほど固すぎだったよねえ?」
「ほう……つまり?」
「センスないってこと───」
 床を蹴る軽い音に、はっと身体を強ばらせた時には、背後にアキラの光る目があった。
「あっ、待って。あの」
「貴重な御意見、感謝するぜ!」
 とっさに逃げようとしたのを羽交い締めにし、伸ばし棒で首を締め上げた。
「うげ、放してえ……」
 早くも目に涙を浮かべながら、じたばたともがく。
「あの、あのあの、さっきのは、全部嘘なんですう……」
「だったら嘘の罰として懲らしめてやんなきゃな」
「待って、あの、くるし……」
 手足を振り回して
「『嘘だ』っていう方が嘘なんですう……」
「余計、赦せねえ!」
 絡み付いた手足は、器用にも男の脇腹をくすぐった。
 男は首を絞められながらひとしきり笑い、酸欠に顔色を黒くして───瞳をひっくり返し、あっけなく気を失った。
 アキラは息も切らせずにそのまま男の衿を掴み、鬼神でも取り憑いているのかという勢いで引きずりながら、調理場を出てゆく。
 カウンターの脇を通って店のテーブル席に放り投げると、切なそうにため息を吐いた。今の男の他にもう一人、目の周りにあざのある男が伸びている。
 柔道でもやっていそうな厚い筋肉に太い首、似合わないコック姿。
 この男は、アキラが「朝の四時半にうちに来い」と言ったのに、張り切って二時半に玄関ドアをけたたましく打ち鳴らしたのだ。まだ眠っていたアキラはドアを開けるなり右ストレートでぶん殴り、不意打ちに倒れたところをとどめの膝げりで沈めた。ちなみに小柄なほうは、起こしにいくまで寝こけていたのだった。
 仲良く気絶する二人を見下ろして、もう一度ため息を吐いた。
「俺の周りには、こんな奴らしか居ねえのかよ?」
 誰にともなく呟き、調理場に戻ろうとして……アキラは足を止める。
 腕組みをして考え込み、しばらくして小柄な男の足首を無造作に掴んで引きずり始めた。段差で、頭が「ゴンッ」と床に叩きつけられたようだったが、構わずに木のドアを押して外へ。
 もう一人も同じようにして、植込の角で弱い朝陽の当たる道路に転がしておく。どう見ても暴漢に襲われて昏倒している図にしか見えなかったが、アキラは満足そうな顔で手をはたいた。
「俺って優しいな。あれだけさんざん邪魔されたにもかかわらず、仕込みで忙しい手を休めてこんな労働までして……もしかして俺ってお人よしなんじゃねえかってぐらいに優しいなあ」
 出てもいない汗を拭い、茫洋とした朝陽に挨拶するように手を上げた。
「あんな店の中じゃいつまでたっても寒いままだからな。少しでも陽に当たったほうが暖かいだろうっていう親心。うう、自分で自分に感動した。エクセレント。俺最高」
 気がなさそうに言ってから、首に手を当てて肩の関節をほぐし、乾いた音をたてる。
「……さ、仕事仕事」
 ドアを軋ませて店に入るとき、底冷えのする風に吹かれてエプロンの裾がはためいた。
「やっぱ、外も寒いな」
 腕の辺りをさすりながら、調理場へと足早になる。
 弟を泣かせた兄、といったような表情で振り返り、
「大丈夫、だよなあ?」
 と言いながらガラス窓の曇りを手で拭って、通りの向こうを眺めた。
「ま、この程度では『死』なねえだろ、普通───」
 呟いて、気楽に肩をすくめた。
 アキラは束の間、死よりも特別な『死』に想いを馳せた。皮肉と矛盾に満ちた命を考えるとき、緑掛かった目はほんの少し悲しみの混じった色になる。
「……そう、俺達は、なかなか『死』ねない」
 こぼれた言葉の重みに苦笑すると、アキラは気を取り直して調理場に急いだ。

第一章(2)へ続く。




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月夜ノ蝙蝠丸 名義ですが、お気になさらぬように。

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第一章(2)へ続く。



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