本の話や宇宙の謎、猫の神秘、自作小説など、目についたものをなんでも盛り込むブログ。

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(2)

「あなたって変な子ね」
「うるせえよ! 俺はかつて人間だったんだぞ。仕方ねえだろ」
 叫ぶように言って、頬を乱暴にこすった。赤みをこそぎ落とそうとしているように。
 いつのまにか蜜子の表情から、からかう色がしぼんでいた。
「そうだったわね」
 と、低い声で言う。
「でも思い違いをしないで頂戴。あなたはかつて人間だったのではないのよ。妖魔だったのに、人間として育てられただけ」
「違う。─── いや、そうかもしれないが、しかし」
 アキラは言いよどんで顔を背けた。
 言葉を続けることもなく、殊更ゆっくりと煙草を取り出して火をつける。
 蜜子はそんなアキラの横顔を真剣なまなざしで見つめていた。
 アキラは十歳ぐらいの時に、なぜか人間界に落ちてしまった。そのショックか記憶を失い、言葉すら忘れ果てて道端で蹲っているところを、優しい人間の夫婦に拾われて育ててもらった。疑うことなく人間として生活し、満ち足りていた。
 しかし、十六歳の秋に養親が事故で死に、孤児となってしまった。そのアキラを迎えにきたのが江森だった。
〈森〉での記憶が戻らないまま、叔父だという統皇に会った。穏やかな人格者で、アキラは人間界に落ちる直前まで、このひとに育てられたらしい。本当の両親は、彼が生まれてすぐに『死』んだということだった。
 統皇が言葉を濁してしまったので、あまり多くは教えてもらえなかったが、アキラも深くは訊かなかった。道端で蹲っていた日から、自分の人生は始まったのだと納得しただけだ。
 子供のいない優しい夫婦は、暖かい愛情で、心で、仕草で、アキラを育ててくれた。
 実際、記憶が戻らなくとも、実の両親でなくとも幸せだった。
 その思い出だけあれば、充分なのだ。
 しかし、だからこそ執着し、〈森〉を飛び出して、人間界に舞い戻ってしまった。
「〈森〉の妖魔には、子供を作る義務はないわ」
 蜜子は耳に心地よく響く声で言った。
「私たち妖魔は、輪廻の終着点ですもの。全ての苦痛や責務から解放されているわ。食事の必要がないから餌探しに追われることもない、子供を作ることもそう。強い遺伝子を残すための相手探しもいらない……」
 アキラは煙草をもみ消した。どこかほっとしているような表情で身を乗り出す。
「だったら、どうやって?」
「“おしら様”」
 いつもの微笑を消して、蜜子は敬虔な巫女の表情になる。
「あなたが心を持った動物を迎えに行って門を開けると、〈森〉の外れにある大きな樹に魂が宿る。私は予言をした時点で、次にどの種族に妖魔が生まれるかを報せておくの。すると、若くて面倒見のいい男女が選ばれる」
「夫婦でなくてもいいのか?」
「その概念自体、〈森〉には不要なのよ」
 アキラは首を傾げ、口篭もる。
「俺には、両親がいたと聞いているが」
「別に禁止されているわけではないから、結婚してもいいのよ。蝙蝠の一族は比較的そういう形を望む傾向が強いわね」
 蜜子は軽く肩を竦めた。
「人間と同じに、夫婦関係によって子供が出来る場合がある。でも、〈森〉のほとんどが“おしら様”に授けてもらうわ。出産の苦痛はないし、一族の子供として迎えるほうが好ましいという風潮があるから」
 黙ってしまったアキラを流し見て、つまらなそうにコーヒーのお代わりを催促した。
「行ってみたことはある? とても大きな樹よ」
「いや、見かけたことはあるが……」
 アキラは豆を挽いて、ゆっくりと落としながら〈森〉の村から見える樹を思い出していた。飛び抜けて高い梢の先に、雲のように枝を伸ばしている樹だった。
「やたらでかい樹があるとは思っていたんだ。あれが、“おしら様” か」
「ええ。根元に佇んでみると、その大きさには圧倒されるわよ。幹周りは大人が手を繋いでも十人分はあるかしら。でも、見方を変えれば細いぐらいだわね」
「と、言うと?」
「“おしら様”そのものは、樹の内部にあるからよ」
 蜜子は出されたコーヒーの芳香に目を細める。
「成人に達していれば、あの中に入ることができるわ。中は真っ暗で……そうね、この喫茶店の倍はあるかしら。中央に泉が湧いていて、ほのかに明るく光っているの。とても幻想的な空間よ」
「そこに行って何をするんだ? 祈りでも捧げるのか」
「『祈り』は私達の基本でしょう。でも、それだけでは肉体は形作られない」
「粘土でもこねて、出来上がり……ってか?」
「ばかね。妖魔は人形じゃないわ」
 からかうように鼻で笑う。
「女は自分の身体から肉をもぎ取るの。大抵は指の腹をナイフで切り取るようね。爪の先ほどだけど……。男はそれに自分の血をしたたらせる」
「……」
「血と肉を分け与えるのよ。肉体は肉体から、血は血からしか生まれない。そうして子供の身体となる基を泉に沈めておくと、培養されてきちんとした肉体になるというわけ。あなたが看取った動物は、こうして妖魔となる」
「へえ……」
 複雑な表情でアキラは流しの角に腰掛けた。こうすると、丁度蜜子と向かい合う形になる。 真剣に話をしたいときの位置だった。
「なんか、合理的なんだか遠回りしてんだか解んねえけど、つまり代理母みたいなものか?」
「そう言ってもいいわね。実際に“母堂の木”と呼ぶひともいるし」
「そりゃまた直球勝負な名前だな」
 呟いて、煙草に火を点けた。
 一息だけ煙を吐き出すと、考え込むようにして白く立ちのぼる紫煙を見詰める。
「前から気になっていたんだが、俺が看取った動物はまだひとりも妖魔として生まれてきていないんだ」
「そのようね」
 蜜子は優雅にカップを置くと、細い指をからませて顎を乗せる。少女のような仕草は、当然のことながら似合ってはいない。
「あなたが統皇様からこの仕事を引き継いで、もう二年……三年が経つのかしら。その間〈森〉には子供が出来なかったわね。やっと生まれたと思ったら蛭子では泣くに泣けないわ」
「言っておくが、兎を看取ったのは俺じゃねえよ」
 アキラはほとんど吸わなかった煙草を灰皿に押しつぶして、ため息を吐いた。
「お前には言わなかったが、一ヶ月ぐらい前に急に統皇が『代わってくれ』と言い出した事があった。その時の動物が、多分……」
「今回の蛭子?」
 蜜子は囁き声で言ってから、表情を曇らせる。
「まさか、統皇様がしくじった……?」
 アキラは頷くべきか、首を振ろうかと迷った末に、もう一度ため息を吐いただけで立ち上がった。
「いずれにせよ、俺が妖魔を生ませられないことには変わりない。ちょっと〈森〉に行ってくる」
「そうね。あなたは考え込むよりも行動する方が合っているわ」
「それって嫌味か?」
 横目で睨むと、
「ただの感想よ」
 普段はあまり見せない、優しそうな微笑みを見せた。
「とにかく、解決したら報せて頂戴。正式な歴史書に刻む必要があるのか、四鬼獣様達に相談する都合があるから」
「ああ、そういえばお前は鳥の一族だっけ。予言をする巫女だったり、伝承を語り継ぐ一族だったり。……お忙しいことで」
「あなたみたいに暇ではないことは確かね」
 あっさりと皮肉を返して、蜜子も立ち上がった。
「とにかく気をつけていてね。異界からの訪問者に」
「はあ?」
「言った筈よ? 伝言鳥で───」
 アキラは、最後の一言を聞く前に踏み潰してしまったのを思い出して、明後日の方向を向いた。後頭部の辺りに蜜子の冷たい怒りが突き刺さってくる。
「あなたって子は」
 言い掛けた言葉が終わらないうちに、突然天井から轟音が鳴り響いた。


第三章(3)に続く。



縦書きで読みたい方はこちらをどうぞ!

月夜ノ蝙蝠丸 名義です。
「NEXT」 をクリックして本文にお進みください!




縦書き(10)に続く。


ぐあああああぁぁぁぁ……!
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コメント
この記事へのコメント
愛の営みの設定も非常に面白いですよね。
どうも。やっぱり設定だけでも非常に興味深い内容で面白いですね。私はとくにファンタジーでは設定が重要だと思っている人間ですので、殊更そういう感情になりますね。
母堂の木の概念の非常に面白いです。躯体を以て子を成す……と表現すればいいでしょうかね。それだけでも非常に読みこんで考えさせる内容で感動しました。また読ませていただきますね。

後、私ごとではありますが、小説の一部の連載が無事終わりました。孔雀堂様にはコメントも多く頂きまして本当にありがとうございました。次の連載も頑張ってまいりますので、また今後ともよろしくお願いいたします。

2010/02/09(火) 19:54 | URL | LandM #19fPlKYU[ 編集]
LandMさま。
こんにちは~、いらっしゃいませ!
ファンタジーでは、確かに設定が重要ですよね。LandMさんのようにしっかりと作りこんでいると、話にブレがないというか、一本芯が通った読み応えになりますよね。
私の小説は……いや~、もう少しスマートに作りたいんですけどねえ……
特にネーミングが苦手で……和風とも洋風ともつかない設定になっちゃいました。
この辺が自分の課題なのかなあ、と思います。

連載アップおめでとうございマ~ス!
うわ~、読みたいです! じっくりと読みたいので、時間に余裕のあるときにお邪魔しているんですけど、早く追いついてリアルタイムでわくわくしたいです。
またお邪魔させていただきますね~
2010/02/10(水) 11:20 | URL | 孔雀堂 #-[ 編集]
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