本の話や宇宙の謎、猫の神秘、自作小説など、目についたものをなんでも盛り込むブログ。

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(4)

「……ったく、どうして俺が怒られるんだよ」
 アキラは銀杏並木を歩きながら、愚痴をこぼした。蜜子がうるさいので、月見の話は江森に任せて出てきたのだ。
 そこかしこに楽しそうな笑い声が満ちている。
〈森〉では“運命の力”という通称であるが、アキラは勝手にA地区と呼んでいるパワースポットに来ていた。そこは隣街にある私立大学の広大な敷地の一画にあった。
 もともとは国有林だったものを、払い下げで一括手に入れた人物が私立大学の創始者だという。その人物はパワースポットのことを知っていたのかいないのか今となっては判らないが、敷地のほとんどを林のままにしておくことを厳命した。
 その結果、古ぼけた校舎は恐ろしいほどの勢いで群生する樹々に囲まれ、体育館や資料館を繋ぐ遊歩道だけが人間が踏み入れる場所を心細げに確保している状態になった。四季折々の顔を見せるカエデやナラは、手入れもされないまま増殖さえしていた。
〈森〉の妖魔は、ここを巡回するのを義務としていた。今日はドギーとミイがアキラの代わりに見回りを済ませてあったが、再び訪れたのは蜜子の予言、『心』を持った動物が臨終を迎えるからである。
 人混みを避けて、森の奥まった方へと足を向ける。
「あ、ほら、見てあの人」
「……」
 アキラはどんな囁きをも拾ってしまう、己の耳を呪いながら早足になった。
 アキラはいつも、人間の中に紛れ込むことが出来なかった。それは周囲の空気とは決定的に違う何かを発しているからだった。
 ひと気のない道から林の中に入ってゆくと、ひと足ごとに体の中が変化していくのを感じた。パワースポットのエネルギーに体が勝手に反応している。───惹きつけられていると言ってもいい。血が沸き立ち、隠れている力が目を覚まし始める。そのざわめきはアキラを責め立てているようだった。
 認めろ、と。
 自分が何者なのかを。持っている能力が何かを。立場の重さと責任を。
 毎回肌で知っている感覚が押し寄せてきて、顔をしかめる。アキラは突然に気が付いたように目の辺りを押さえた。
 瞳は徐々に黄金色を帯びてきていた。
 体に内在する桁外れの力は、荒れ馬のように制御することを拒んでいるような気がする。
「ちくしょう……こんな力、いらねえよ。いつの日か、絶対に捨ててやる───」
 軋るような声で言うと、反発するように全身の細胞がうごめいたような気がした。
 アキラはきつく目を閉じて、開ける。
 まだ何もしていないが、疲れが身体を重くしていた。とりあえず頭を振って色々な想いを振り払う。
 これから動物の死を看取る。……それは荘厳な儀式であるべきなのだ。雑念を持ってはいけないと思う。
 息を吸って、周囲を眺めた。その目には、地から湧いてくる土地の精気が柱となって天へと昇っているのが見える。
 通常、パワースポットは聖なる光に包まれているものであるが、この場所のは違っている。あえて言葉にするなら、生々しいほどの力を感じさせる、逞しい空間だ。
 まるで、土地が生きているようだった。
 あらためて賛嘆の眼差しで見つめてから、アキラはついと顎を上げて気配を探った。微かにだが動物の思念が漂っているのに気付いたのだ。途切れがちな波は、臨終が近いことを示していた。
 焦り気味に目を眇めると、樹々の向こうに黒っぽい姿がある。
 駆け寄ったアキラは自分の目を疑った。老年期に近い猪が横たわっていたのだ。
「なんでこんな街中に!」
 思わず洩れた叫びに、猪は薄目を開けて助けを乞うように呻く。口元に泡がこびり付き、周囲には吐いた物が点々と散らばっていた。
 その中には肉団子のような欠片があった。
「お前……年取って餌がとれなくなったから、街に降りてきたのか? それで誰かが仕掛けた毒入りの餌を喰っちまった……」
 畑を荒らして散々に追っ払われたのであろう、体中の傷───未だに血を吹き出している銃創もある。
 それでも、力尽きようとしている体は、生きようとするのを諦めてはいなかった。必死に再生させる力をかき集めているように、体表の筋肉を細かく震わせて体温を上げようとしている。それに伴う苦痛に耐えている猪の目は、徐々に遠いものになりつつあった。
「……ごめんな」
 アキラは巨大な動物の頭を抱き上げて、囁いた。
「俺に出来るのは、お前を看取ることだけなんだよ」
 猪はもう呻き声を上げてはいなかった。顔を顰めたアキラに不思議そうな色の目を向ける。感情のこもった目だった。
 アキラは無理して笑顔を作る。
「門を開けるから、迷子になるなよ。ちゃんと妖魔として生まれ変わるんだ」
 猪は返事をしようとしたのか、何かを言いたげに鼻を鳴らした。しかし後ろ足が断続的に跳ね上がり、未練げな表情のまま痙攣を始める。
筋肉が引き攣れてよじれ、最後の一息を吐き出すまでそれは続いた。
「門よ、開きたまえ!」
 仄白い蛍に似た魂が浮かび上がったのを、アキラの凛とした声が上空に押し上げる。
「我の名において───いまここに、妖魔としての資格あるものを送る!」
 気配だけであるが、天の一画に門が現われた。気高き獣を迎い入れるために、大きく扉を開けて、待っている。
「さあ、行け!」
 その声に、魂は目にも止まらない速さで門をくぐり抜けた。苦しみから解放されて嬉々とした精気を発しながらも、なぜか愁いを滲ませていた。動物の死に様は、常に複雑な想いを引きずっているように見える。
 アキラは、抱きかかえていた身体を地面に横たえた。今はもう脱け殻にしかすぎない肉の塊であるが、まだ温もりは残っている。秒刻みに本物の“物”に変わりながらも、紛れもない生き物だった身体だ。
 心の底から、土に埋めてやりたいと思う。今まで酷使してきた体を静かに休ませたい。誰にも邪魔されずに。
 しかし、それは許されていなかった。鳥についばまれ昆虫に体液を吸われて微生物に分解される、自然のサイクルに委ねなければいけない。アキラはそれに納得しきれないものを感じている。
 人間の場合は共に過ごした家族やペットを野ざらしにすることなどできない。丁重に弔うことが、死したものに対する最期の行為であると知っているのだ。
 そして肉体が完全に腐りきって土に還るまでの工程を、目にしたくないという思いもある。かつての姿が膿み崩れてゆくさまは、愛情や思い出などを粉々に打ち砕く力を持っている。
 アキラは全ての動物を統べる蝙蝠の一族だけあって、どの動物も等しく愛していた。見た目の恐ろしさなど関係なく、健気に生を全うしようと足掻いている姿を知っている。日々の糧を得るために当てもなく歩き、知恵を働かせ、時には毒であると薄々勘付いていながらも───この猪のように───口にする。
 弱いものを屠り、そして最後には自らが弱いものに屠られる宿命の生きもの達。
 自然のサイクルは、他の全てを生かすために死んだものを利用し尽くす。その隙のない循環は、完璧であればあるほどに、醜さをむき出しにしている。
 だから、目を背けたくなる。
 それが自然な感情であると思う。……が、他の妖魔には理解できないらしい。あるがままでなぜいけないのか、と不思議そうに首を傾げるのだ。感覚や情といったものが人間とは違う。
 だったら、なぜ───アキラは思う。自分たちは人間を模した姿をしているのか?
 動物の輪廻の果てが、みな兎族の月見のようではないのだろう。人間界に紛れ込んで現世の動物を守る為とはいえ、見分けがつかないほどに人間型を取る必要はないのではないか。
 この姿になるのを決めたのは、一体誰なのか。
 アキラは怒りに変化しそうな想いを振り切るように、勢い良く立ち上がると猪から目を逸らす。アキラの発達した視力は、こぼれんばかりの蟻が死骸の耳から入って仕事を始めているのを認めた。匂いを嗅ぎ付けた幾多の虫達が群がり来る気配を感じ、食料と化した猪の周りが活発になる雰囲気さえ見て取れる。
 蝙蝠の一族、黄金色の後継者である身体は、迷いから抜けきれない者には荷が重過ぎた。
「……馬鹿だな」
 つい涙ぐみそうになっているのに気付いて、慌てて頭を振った。いつになく感傷的な気分に襲われている。
 門を開けるときに感じる痛みが、増幅されてアキラに跳ね返ってきたような気がした。それはパワースポットの力場が原因かもしれず、また単に自分が弱いからというだけなのかもしれない。
 煌めく粒子が束になって天へと続いているのを見上げながら、アキラはどこか拗ねた表情で肩を聳やかすと、
「……ん?」
 緑掛かった目を眇めて、光の一点が凝縮している辺りに集中した。先程までは気が付かなかったが、何かがある!
 残像に似て、白い塊は確とした線が曖昧なまま揺らめいている。
 誘われたように近付いてみると、それは光が幾重にも薄衣で包まれているように見えた。
「なんだ、これ?」
 厭な気配がしないのを確かめてから、指で軽く突いてみる。
 すると、まるで奔流のような光がアキラの視界いっぱいに炸裂した。目を開けていられないほどの白色の乱舞、何千というフラッシュが焚かれたとしてもまだ勝る、暴力的な眩しさ……。
 両腕で目を庇ったアキラは、金属質の耳鳴りが止んだのに気が付いた。逆説を狙っているわけではないが、止んでみるまで耳鳴りに気が付かなかったのだ。
 そして、不気味な静寂の後に───
「……ヤッホー!」
 底抜けに明るい声が聞こえた。
 その声は明らかに、厄介ごとの匂いを発していた。何かとんでもなく面倒臭い、苛々するはめになりそうな予感にアキラは震えた。全身の感覚全てが拒否反応を起こしているような激しさで───
 目を開けるべきか否かの判断は、必要なかった。つまり、そのまま全速力で元来たほうへと走り出したのだ。
 充分に助走をつけてから、勢い良く皮膜を現出させる。せっかく着替えたシャツが破れるのも構わずに、アキラは空へとはばたいていった。
 身体に感じる風は暖かく、春の薫りを含んでいた。恐る恐る目を開けたアキラは、眼下に小さくなった街並を眩しそうに見やる。
「なんとか撒いたか……?」
 安堵の息を吐いて呟くと、ふと苦笑いを浮かべた。
「何だったんだろうな、あれ……」
 背中の皮膜は力強くはばたいて空気を薙いでゆく。家に帰ったら、またシャツを着替えなければ……
 それどころではない、と自分の内なる声が警告を発していたが、アキラはそれを押し殺して、今あったことは忘れるように努めた。
 半分ほどしか成功しなかったが。


第3章(1)に続く。


縦書きで読みたい方は、こちらをどうぞ!

月夜ノ蝙蝠丸 名義です。
「NEXT」をクリックして本文にお進みください!



縦書き(7)に続く。



今更なんですけど……書いた当時は大まじめだったんです。すいませんすいません!


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コメント
この記事へのコメント
世界観が重厚で面白いですよね。
浅く読むとドロ臭く、深く読むと非常に世界観がしっかりしている重厚なお話だと思いました。
特に
〈森〉は動物の為の世界───繰り返す輪廻の中継地点、または楽園。

の部分。そして、輪廻における動物の立ち位置。ウサギ。それらの設定が非常に面白くて読み込んでしまいますね。本当に自分に作品に生かしていきたいものだと思いました。

また、読ませていただきますね。
それでは失礼します。
2010/02/03(水) 20:05 | URL | LandM #BG6DYjZI[ 編集]
LandMさん。
こんにちは~、返事が遅くなって申し訳ありませんm(__)m

『世界観がしっかりしてる』との有難いお言葉に、嬉しくてリアルでにやにやしているわたくしです♪
この話を書く前あたりは、「動物が死んだらどこに行くんだろう。動物にも死後の世界ってあるのかな?」と真剣に考えていまして、自分なりに答えを出したものを物語の設定に使ってみました。
LandMさんの物語世界の大きさに比べたら、「私の小説はまだまだ小さいな……」と思ったりするんですが(^^;)読んでいただいて凄くうれしいです。
切磋琢磨の最中ですが、どうぞよろしくー!

ではでは、私もまたお邪魔させていただきますね~
2010/02/05(金) 11:18 | URL | 孔雀堂 #/5lgbLzc[ 編集]
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