本の話や宇宙の謎、猫の神秘、自作小説など、目についたものをなんでも盛り込むブログ。

2017/07123456789101112131415161718192021222324252627282930312017/09

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
第九章 エピローグ(後)



『やあ、アキラちゃん元気いー? 僕はとっても元気だよ。
 あれから村のみんなと仲直りして、一緒に花壇の手入れをしたりして過ごしているよ。
 ねえ、色々話したいことがあるから、近いうちに来てくれないかなあ? みんなもアキラちゃんが怒ってるんじゃないかと不安になってるみたい。手作りのお菓子が食べたいなーって、伝えてくれって頼まれちゃった。オリジナルのケーキを誉めれば機嫌が直るから、だってさ。みんなして、今回は我慢して食べようって言ってるよ。
 あ、そんなことまで言わなくていい? ごめんごめん、でももう言っちゃった。
 とにかく、僕もアキラちゃんに会いたいし、そのケーキ食べてみたいんだよ。なんでも“ほぼ嫌がらせに近い”って味がするんだって?
 んん? どうして僕の身体を羽交い締めにするの、狸さん? 
 あん、ひっぱらないでよ。
 きゃん! どうして蹴飛ばのさ? けっこう乱暴だよね。
 え、何? もういい? ちょっと待ってったら。僕まだお喋りしたいんだけど───』

 水晶の大きな塊からカリーファの平面的な姿が消え、アキラはぎこちなく振り返った。
「……で?」
 そばに立っている蜜子に訊いた。
「どうして、こんなこと言われてまで〈森〉に行かなきゃいけねえんだよ?」
「私に訊かないで頂戴」
 いつもどおり無表情に見える微笑を浮かべ、蜜子は豪華な巻き毛を掻き上げた。ブレスレットが硬質の煌めきを放つ。
「あなたと連絡を取りたいと言われたから、そのようにしたまでよ。内容までは責任持てないわ」
「そうだけどよ……」
 アキラは顔をしかめた。まったく正論ではあるが、気が治まらない。
「だったら〈森〉から接通してきても無視するように。いいか、これは命令だぞ」
「はいはい、威張りん坊さん。仰せに従いますわ」
 美貌の巫女はしんなりと一礼してみせた。こういう態度の時は、必ず正反対のことをしてやろうと企んでいるのだ。この蜜子という女は。
「……ったく、誰も彼も俺をなめやがって!」
 アキラは勢い良く立ち上がった。
「ちっくしょう! 目茶苦茶うまいやつを作って驚かせてやるからな。見てろよ!」
「それならいい方法があるわ」
 蜜子は含み笑いを洩らす。
「近所のケーキ屋で買って持っていくのよ。みんなひっくり返るわね」
「ミイみたいなこと言うなよ」
 拗ねた口ぶりで、アキラが呟いた。
 以前はこんな会話にも苛々していた。しかし、表情は目に出る───動物に教えられてから、蜜子を見る角度が変わった。無表情としか見えなかった顔には、百万言もの言葉を費やしても表現しきれない感情が潜んでいた。
 アキラは腕組みをして考え込む。
「最近インパクトのあるケーキを作りすぎたのかもしれないな。もう少しおとなしめのを考えてみるか。……とりあえず参考のために、今からどこかに行くか? ケーキの旨いレストランとかに」
「……私に言っているの?」
「他に誰がいるんだよ? 別に厭ならいいけどよ。でも女連れの方が注文しやすいんだよな」
 蜜子は見透かす目つきで、アキラの顔を覗き込み、
「意外だわ。怒っているかと思っていたのに」
 ふいに、整った顔を冷たくさせる。
「あのこと、まだ決着はついていないのよ」
「話を蒸し返すなよ。もういいだろ」
 言葉を被せるようにして、アキラは強引に話を終わらせた。
「俺なりに考慮した。二度とその事は口に出すな」
 カリーファが“未来の災厄”であるという蜜子の霊感は変わらない。それどころか徐々に強まってくるようだった。
 アキラはそれに真っ向から逆らい、『絶対に信じない』と突っぱねた。口論の末に、ふたりの間に深刻な決裂を引き起こす寸前にまでなった。
 しかし統皇の結論が、ふたりを救った。『当面はカリーファを客として滞在させる』という通告をしてきたのだ。渋々、蜜子が引き下がる形となり、仲たがいは凍結した。
「統皇様はあなたに甘すぎるわ」
「はん! 何とでも言え」
 アキラは舌を出して蜜子の表情を険しくさせ、それを見ておかしそうに笑う。
 そして、記憶の中の泣きべそに、秘かに語り掛けた。
 泣くなよ、シン。
 精一杯あがけ。戦うんだ!
 加勢するように、こぶしを手のひらに打ち付ける。その痺れる痛みは、アキラの負けん気を掻き立てて不敵な笑みを頬に押し上げた。
 今ここに江森がいたら、滑らかに言うことが出来るだろう。
 俺は『運命』って奴と、喧嘩する気でいるんだぜ、と。
「アキラ? 何を考えているの」
 蜜子が、訝しそうな顔で見詰めていた。
「怒った顔して笑わないで頂戴。気味が悪いわ」
「ほっとけ」
 簡単に応えて、肩をそびやかした。
「どうするんだよ? 行くのか行かないのか、はっきりしないと気が変わっちまうぜ?」
「行くわ。あなたの奢りで、散々高価いのを注文してやるから」
「全部食えよ。……じゃ、話は決まった」
 手を差し出して、腰を屈めた。
「インチキ占い師、お手をどうぞ」
「あら、ありがとう。その生意気な舌を引っこ抜いてくれたらもっと気分がいいのだけど」
 ふたりは険のある目を見交わして、さっと逸らした。今は一時休戦と言う代わりに。
「ああ、そうそう───」
 蜜子はテーブルの端に置いてあった、なにやら細かい文字で書いてあるメモを取った。
「統皇様から伝言よ」
「あん? 何だって」
「〈森〉の樹を二、三本折ったそうね。反省文を書くように、って」
「げっ!」
「それと……」
「まだあるのかよ!」
「ええ。村を騒乱させた件、蔵書室の本を読み散らした件でも一言注意したいから顔を出しなさいと仰ってたわ。あと、あれから犬と猫があなたを捜して屋敷の花壇を壊したんですって。四鬼獣様からも、苦情が……」
 アキラは茫然として、文句を言う元気も出なかった。
「まだまだ沢山あるわよ」
 楽しそうに読み上げながら、蜜子はアキラの背中を押した。
「ケーキを食べながらゆっくり説明するわね。……今日はなんだか、とびきり美味しく頂けそうだわ」
 急に力が抜けて、アキラはへたり込みそうになる。
 どうやら『運命』と戦う前に、この山積みの雑事を片付けるだけで力尽きてしまいそうだった。
 向こう見ずで脳天気な蝙蝠は───『水の月』を追い掛ける旅に、とりあえず心の中でだけ一歩踏み出した。



       <了>






完結しました! 最後までアップできてよかった~!
皆様に感謝します! ありがとうございましたん♪

スポンサーサイト
第九章 エピローグ(前)



 ガラスの嵌ったドアを細めに開けると、アキラは喫茶店の中に顔だけ入れてのぞいてみる。
 その微かな音に、モップで床を掃いていた江森が振り返った。
「おかえりなさい」
 口調は穏やかだが、待ち構えていたという雰囲気を漂わせている。
 アキラはにっと笑ってみせた。
「あれ、ドギーとミイは? 掃除しておけって書き置きしておいたんだが」
「さあ? 私が戻ってきたときには箒で殴り合っていましたよ」
 肩を竦めると、「それよりも」と言って腰に両手を当て、アキラをひと睨みする。
「兎族の件で悶着があったそうですな。先程〈森〉から連絡が来て……」
「ああ、それなら解決した」
 せっかちに言葉を遮り、得意そうに鼻を蠢かす。腕に抱いていたものを見せびらかすように差し出した。
「蛭子が、ちゃんとした仔に化けた。これなら村の奴らも文句ないだろう?」
「……えっ?」
 江森は戸惑い顔で首をかしげる。
「その赤子が、何か……」
「例の仔だよ」
「人間の、ですか?」
「兎族の、だよ! よく見ろ、これは……」
 嫌味たらしく掲げてみせると、肌色の皮膚がだらりと垂れ下る。
「あれ?」
 手に持っていたアキラの方が、頓狂な声を上げて自分の持っている身体を見直した。
 そこには、丸々とはち切れんばかりの、人間の赤ん坊がいた。
「どうしてだ? さっきまで、確かに……」
 どこかですり替わったのか、まさか今までのは夢だったのか───と、声に出さなくても顔に全部書いてある。
 片目が血の色をした男は、柔らかく微笑んだ。
「ちょっと抱かせてもらえますか?」
 頭のうえに疑問符をたくさん浮かべたアキラが手渡すと、江森は意外にも慣れた手つきであやし始める。
 大柄な江森に抱かれて、赤ん坊は手を打って喜び───寝返りを打った瞬間、兎の毛皮に覆われた。
「えっ? こいつ今、変幻した?」
「そのようです」
 驚きもせずに言って、アキラの腕に返してやる。
「ようやく、妖魔の願いを体現する者が現われたということでしょうね」
「妖魔の願い?」
「そうです。我々が人間と同じ身体をしているのは、かけ離れてしまって断絶する系統種、動物と人間を繋ぐ意味を持っています。しかし、まだ目に見える形での関係性を持たせられるまでに至っていません。もっと強力に絆を深めたいという願いがあります。現在の統皇は精力的に、新たな妖魔の出現を模索していました」
「じゃ、歪みがあるとか言われているのは」
「統皇はくどくどしく説明される方ではありませんから、色々と誤解されている面がありますね。あの方は即位されてから、安定のみではなく変化をも求めました。今までどおりの人間型や月見のような動物型、そしてこの兎族の仔のように新しい型───多様な妖魔がいて、〈森〉の祈りは更に完成させることができるという考えを実践されてきました……」
「多様な妖魔、か」
 アキラは頭をくらくらさせながら、腕のなかの仔兎に目を細める。
 次の世代を担う者は、幼い目をいっぱいに開いて見詰めている。
 人間と動物の未来を。希望を───
「よし、俺が名前を付けてやる。兎族は“月”を入れるのが一般的みたいだから……よし、『水月』と名付けよう」
「また、そんなことを勝手に決めて……」
 江森はため息を吐きながら、モップの柄に顎を乗せた。
「でも、良い名です。由来はあるのですか?」
「もちろん」
 得意そうに指を立てて見せた。
「『隠れ現れ 陽炎稲妻水の月 手にもたまらず防がるる』……捕らえどころのないもの、追い掛けても捕まえられない物のことだ。変幻するような奴には丁度いいだろ」
 ふたりが仔を覗き込むと、ふさふさの耳を交互に動かして遊んでいた。
「長老の月影が喜ぶでしょう。早くつれて行ってあげたほうが」
「お、そうだな。じゃあ行ってくらあ」
 アキラは丁寧に仔を抱き直すと、不意にニヤリと笑う。
「あいつ等、どんな顔するかな。俺らを追っ掛け回した挙げ句に見失って、かなり頭に血が昇ってたから……少しは骨のあるところを見せて、文句のひとつも言ってくるなら赦してやる。土下座なんかして平謝りの態度だったら、うなされるほど怒りまくってやるぜ───」
 くふふ、と厭な声を洩らして、ドアを開けた。その楽しそうな様子に、どちらを望んでいるのかが知れる。
 江森はため息をついて、義務的に声をかけた。
「アキラ様。あの、お手柔らかにお願いしますよ?」
「解ってらい。うっせえな」
 得意のきつい目で睨んで出ていきかけたが、
「あのよ、江森」
 アキラは身体を半分外に出したまま、呟く。
「俺、これからは門を開ける仕事、厭がらずにやるよ」
「はあ……」
 江森は首をかしげ、曖昧な返事をした。
「それはどういった心境の変化で?」
「今日一日で、その、色々あって」
「『色々』ですか」
「そうだ。それ以上は聞くな」
 早口で言って、警戒の目つきで言い添える。
「だからって、全て納得したわけじゃねえぞ。あくまでも門を開けるってことだけだ。解ったな?」
「はあ、そうですか」
 江森は弱い返事をして、苦笑を浮かべた。
「私にとっては、あなた様こそが『水の月』ですね」
「俺が?」
「そうです。悩んでいると思ったら、いつのまにかすっきりしたお顔で『あれはもう済んだ』とおっしゃる。……捕えきれないお方です」
「ばかだな」
 アキラは緑掛かった目を細めた。
「俺は『水の月』ではない。それを追い掛ける側だ。手に入れようとして、あがいて、悩んでる。───だから……」
 アキラは言葉を切ると、頭を振って苛つく目を江森に向けた。自分の気持ちを言葉で表すことが、時々ひどく下手になるときがある。
 照れくさいことを言おうとしているときは、特に。
「っつうか、別になんでもねえよ!」
 アキラは、いきなりドアを蹴飛ばした。腕の中で温和しくしていた仔が、驚いて鳴き声を上げる。
 舌打ちすると、江森に指を突き付けた。
「もう掃除なんかいいから、家へ帰れ!」
「解りました……」
 江森の笑いをかみ殺した顔にぶつける勢いで、店のガラス扉を閉めた。
 深夜の住宅街は、家々が黒く塗り潰されている。しめやかな空気にさえ八つ当りするように、アキラは〈森〉に通じる神社まで走って行った。



第九章 エピローグ(後)に続く。



ああ……次で完結です。もう解放されるのですね。よかった……

第八章(7)


《この者も役目が終わった。約定どおり無傷でこの者を返そう》
 うやうやしく蛭子を差し出す。
 手を延ばして毛玉を受け取ると、アキラはしっかりと抱き締めた。気配は安定していて、柔らかい眠りの中にいるようだった。
「良かった……」
 息を吐いた時、それがくすぐったいのか身動きをした。寝返りを打って、毛皮をもぞもぞさせる。
 一部が盛り上がったと思った途端、兎の耳が飛び出した。
「えっ───?」
 白とピンクの耳は音を探って震え、安心したというように、顔も出てきた。
「えええっ!」
 今まではかくれんぼをしていました、と言いたそうに、埋もれていた手足が伸ばされ、仔兎は大きなあくびをした。喉の奥まで見えるような大きい口には、もう小さな歯も生えていた。
「かっわいい!」
 覗き込んだカリーファが、アキラの腕からもぎ取って頬摺りする。反対にアキラは、固まっていた。
「これ───こいつは」
《『鍵』としての形態は必要なくなったゆえ》
 精霊の説明は簡潔だった。そして、充分過ぎるほどでもある。
 原因を解き放てば、事態は一気に終息する。───ガムシャナの言ったとおりだった。
 どこか苦々しく思いながら、アキラは精霊を見詰めた。
「ってことは、お前も」
《そうだ。澱みに戻るときがきた》
 楽しげだったカリーファの身体が強張った。ぎこちなく振り向いて、縋り付くような目をする。
「行っちゃうの?」
《そうだ》
「また会える?」
《二度と会うことはない》
 にべもない返事に、何がおかしいのかカリーファはくすくす笑った。目から大粒の涙をこぼしながら、笑っていた。
「僕ね、本当は行かないでって言いたいんだ。ずっと一緒だったから───傍にいて、言葉は解らなくとも気持ちは通じていたから、身体の半分がなくなっちゃうのと同じくらい寂しいんだ。でも、だめなんだよね? 見送らなくちゃいけないよね?」
《白き御子よ、できれば泣かずに見送ってくれ》
 困ったようにカリーファの髪を撫でる。
《我は御身と共にいて楽しかった。礼を言うぞ》
「僕もだよ。キマ───ううん、もうキマ鵺じゃないんだよね」
 カリーファの言葉に、精霊は気品のある微笑みを見せた。
《……我のことは〈番人〉と呼べ》
「ば、んにん?」
《我は〈神話〉と〈童話〉を繋ぐ澱みを統治する。互いの世界に行き来できないようにするのだ。準異世界にとっては必要な処置だ》
 アキラは、ふと、
「必要って、どういうことだ?」
 と割り込んだ。
「変わりつつある、と受け取っていいのか?」
《そうだ》
 首肯いて、精霊は丁寧に一礼した。それが別れの挨拶であると解ったのは、輪郭をぼやけさせて精気の塊に姿を変えてからだった。
《我は準異世界を成長させる起爆剤となる。……友よ。御身らふたりをそう呼ぼう。我は切に請う。我の成功を信じてくれることを》
 ふわりと浮き上がり、精霊は長く尾を引いて上空に駈け上がった。その姿は、〈神話〉と〈童話〉双方の者達に畏敬の念を抱かせる、竜の姿をしていた。
「信じるよ───」
 カリーファが叫んだ。
「俺もだ。頑張れよ!」
 負けずにアキラも声を張り上げる。
 遥か上の方で、最後の印としてきらりと光った。聞こえたという合図だったのかもしれない。
〈番人〉はこうして、本来あるべき場所に帰っていった。
「みんな行っちゃったね」
 カリーファは抱いている仔兎に顔を埋めた。
「残ったの、お前だけになっちゃった」
「おい、まだこいつが残ってるぜ」
 白い鳥を掴んで、アキラは笑ってみせた。
「せっかくだから一働きしてもらうか。蜜子にでも伝言して、村に報せてもらおう。あいつら完璧に怒りまくってたからな」
 とさかを触って記録させようとしたが、頭には盛り上がる肉がない。まだ伝言がしまってある証拠だった。
 舌打ちして、何の気なしに握り潰す。
 複雑に組み合わさった身体が解きほぐれ、七色の光芒がほとばしった。浮かび出た像は、やはり蜜子だった。
『……アキラ』
 黒い細身のドレスを身につけた美女は、相変わらずネックレスやブレスレットを、幾重にも巻き付けた格好で現われた。
『あなたがこの伝言を見るとは思えないし、必要ないかもしれない。ただ、私は霊感に従って一応伝える努力だけしてみるわね』
 蜜子の曖昧な表情を見るなり、アキラは伝言鳥を踏み潰そうとした。しかし次の一言で気が変わった。
『カリーファと名乗る子は、今も傍にいる?』
 思わず隣を振り返る。白い顔もこちらを見ていた。
『いても構わないからよく聞いて。あの子は単なる“災厄”じゃないのよ。未来に起こる災厄の先触れなの。私の霊感によると、〈森〉も人間界も、世界の全てが巻き込まれる大きな悲劇が訪れるわ。その一端を担っているの。───とにかく、私はこの件を統皇様に報告するから、あなたはあの子とあまり仲良くならないで。特に名前を名乗っては駄目。あなたの名前には、聖なる守護の術が掛かっているようなものなの。……まあ、あなたが自分から本当の名を明かすとは考えられないのだけれど、霊感が───』
 それ以上は聞けなかった。頑丈な短靴は伝言鳥を踏み潰し、粉々に壊していた。
「……僕、災厄なんだね」
 ぽつりと、カリーファが呟いた。どんなときでも笑っていた顔は、明るさの欠けらも見えないほど陰っている。
「アキラちゃんに、会うべきではなかったのかもしれない。迷惑、かけちゃう……」
「気にするな。あの女の予言は、あてにならねえんだ」
 頭を派手に叩いたが、突っ掛かっても来ない。
 カリーファは俯いて、白い髪で顔を隠した。
「事実だよ……」
 涙で不明瞭な声は、やっと聞き取れるぐらいに小さかった。
「僕は“未来の災厄”なんだ」
「ばか! いい加減にしないと本気で怒るぞ」
「怒ったっていいよ。だって本当のことだもの。僕はね、生まれたときからそう予言されていたんだ。災いの子、って」
「予言なんか当たるもんか」
 憮然と呟いた言葉に、少年は、
「当たるよ!」
 と、むきになって言い返した。
「僕という存在の、本当の名は……『シン』というんだ」
「シン?」
「そう。罪という意味。一族は代々この名前を受け継ぐんだ。僕の一族は罪人だから……その中でも僕は、最後の罪を犯す子なんだって。
 僕は自分の運命を知ったときから、別の名前を使うようにしてきたんだ。そうすれば逃れられる気がして。でも、だめなんだね。蜜子さんには解っちゃったんだ、僕が悪い存在だってことが。消しようもないんだね? これではっきりした。だから───僕は生きている限り、全ての人に迷惑をかけてしまうんだ。せっかく出会ったアキラちゃんにも、災いを……」
 胸に抱き締めている仔兎に、涙の雫が落ちた。水分を弾く毛皮は、朝露のように涙を転がして美しく煌めかせる。
「───違う!」
 アキラは唐突に、かぶりを振った。
「信じられることだけ信じろ! お前が災いの子なんて俺は信じない。だから、お前も信じるなよ!」
「でも……」
「うるっせえな、今から手本を見せてやる。予言なんかどれほど当てにならねえか、ってことをな! 俺の本当の名前は『晃夜』、日光に夜と書く。俺を生んだ親が付けた名前だとさ!」
 カリーファは驚きに目を丸くしてアキラを見詰めた。
「言っちゃだめだよ。蜜子さんが……」
「黙れ! よく聞けよ、人間の養親には『陽一』と名前を付けてもらった。俺が心の底から愛した人たちだ。その養親が死んで、本名が『晃夜』だと教えられた俺は、当然受け入れられなかった。……俺はずっと『陽一』だったし、自分を人間だと信じて疑わなかったから。
 しかし、俺は妖魔としての能力に目覚め、妖魔として『生』きていくしかないと解ったとき……人間のときの名前を捨てることにした。だが『晃夜』になるわけにはいかない。晃夜なんて名前は俺じゃない───だから一文字だけ取って『アキラ』と付けた。自分で自分の名を選んだ。どうだ、解ったか!」
 一気にまくしたて、息を荒くしてカリーファを睨みつける。
「こんなことは〈森〉の奴らならみんな知っていることだ。秘密でもなんでもねえ……俺の名前に重大な意味があると思い込んでるのは、蜜子だけなんだよ!
 あの女は何か、決定的に勘違いしている。俺が今の名を名乗っているのは、人間の親に真心を捧げているとか、そんなふうに。だから、あんな重大事みたいに言うんだ。俺は自分自身のためにふたつの名を捨てた。それだけなんだ。
 それに蜜子の予言はな、動物の最後を感知する能力はあるが、あとは外れまくりなんだぜ? なにしろ明日の天気さえ占えねえんだからな! 俺の生涯も視たこともあるが、ひでえぼろくそ言ってたっけ。そんなもんだよ、占いなんてのは。悪いことしか言わねえんだから……。
なあ、可能性なんて幾百通りもあるんだし、悪いことなんて信じるだけ精力の無駄ってもんだ。だったら自分が信じたいことだけ信じろ。例えば未来は変わる、という明るい可能性を。───それでも運命に流されるようだったら、抵抗するんだ。ほんの数ミリでも向きが変われば、一年後には数センチに変わってる。十年後には数メートルだ。……どうだ? 百年後には予言なんて外れてると思わないか?」
「百年後……って」
 カリーファの目尻に溜まっていた涙が、ぽろりと落ちた。
「アキラちゃんって、脳天気、だね……」
「お前には言われたくねえんだけど」
「そう? ……でも、うん。ありがと」
 短い言葉に、限りない感謝が篭もっていた。
「僕が抵抗したら、悲しむひとがいる。だから明るく楽しいふりをいつまでも続けなきゃならないと思っていたけど……、アキラちゃんみたいな考えかたもアリだよね」
「アリどころじゃない。これは真理だぜ?」
「やっぱり脳天気だ」
 無造作に袖で顔を拭うと、カリーファはにっこり笑った。薄茶色の目がやや赤みを含んでいる以外は、泣いた痕は残っていない。
「僕はずっと、自分が生きていていいのか悪いのか、解らなかったんだけど……そうだね、運命は変わるっていう可能性は考えてもみなかった。そういう考え方のできるアキラちゃんって、やっぱりいい人だよ。───ねえ、僕と友達になってくれる?」
「断る。俺は『友達』なんて生ぬるいもんはいらねえ」
「あん、酷い」
 カリーファはくすくす笑い、アキラもつられて笑いながら光の壁に歩いていった。
 なんとなくだが、簡単に出られる気がしていた。手をかざして、触れるまで歩こうと思っていたら、あっけなく外に出ていた。
 雑木林のように鬱蒼とした木立がある。すでに夜の領域に入っているせいで、ほとんどが闇に沈んでいるが、枝が騒めく音や香りで膨大な樹を感じることが出来た。
「あー! 解った」
 カリーファは手を叩いて、辺りを適当に指差した。 
「ここは、あの場所だよ! ほら、僕とキマ鵺が出てきたところ」
 妖魔の見回りを義務付けられている、パワースポットだった。
「ああ、なるほどな」
 アキラはA地区と呼んでいるが、〈森〉での通称は“運命の力”だということを思い出した。偶然の皮肉に、つい苦笑する。運命をこき下ろした場所が、“運命の力”であるとは───
「ここは見張らなきゃ駄目だ。異次元と澱みに繋がっていて、“おしら様”ともどこか重なっている。だから聖なる光じゃなくて、逞しい力に満ちているんだ……」
 目を細めて、天へと続いている光の束を見詰めた。力強く輝いているパワースポットは、相変わらずアキラを惹き付けてやまない。
 この場所のようになりたい、と思う。
 誰よりも強く、逞しくなりたい。それは同時に優しいということでもある。自分に余裕がなければ手を差し伸べることなど出来はしないのだ。
 いつか、なってみせる……と思う。
 それは誓いではない。挑戦だった。


第九章 エピローグ(前)に続く。


ああ……次からはいよいよ最終章です。今まで長かったなあ……

第八章(6)


「まさか、妖魔になりたくない、と言い出すんじゃねえだろうな?」
《違います》
 一蹴して、動物の魂たちは居住まいを正した。
《どうしても、あなた様に申し上げたいことがありました》
「俺に?」
《はい》
 狼が毅然とした姿勢で、代表する。
《我々は数えきれないほどの輪廻を経てきました。好きな動物に生まれ変わり、好きな土地で、好きなだけ生を満喫して───それゆえに傷つき、命を終えて〈森〉に帰る。その繰り返しの終着点で、あなた様に出会いました。妖魔になる門を開ける、緑掛かった目をした蝙蝠は、とても哀しげだったのです》
「……」
《摂理に身を委ねることを、憂いてくれているのが解りました。かつては他者を屠る身が、肉の脱け殻になった途端に他者から屠られる身に変わる。その残酷さに心を痛めていました。……しかし、それこそが動物にとっての喜びであるのを、お教えしなければと思ったのです》
 言葉を選ぶようにして、目を閉じる。
《植物の葉を食む。弱い動物の肉を喰う。そしてより強い動物に屠られる……それは命を受け継ぐということです。人間ふうに言えばバトンリレーを延々と続けているようなもの、ですね。だからこそ懸命に狩りをして、狩られるほうは懸命に逃げる。そして命が終わったときには、今度は全てのものに命を分け与えるのです。生き物として、これほど喜ばしいことがあるでしょうか? 動物の短い生涯の目的は、回転を早くして他者と命を分け合うことです。喜びを分かち合うことです。存分に生きて、仔を成し、死んでゆくことです。その動物を統べる蝙蝠が、哀しそうな顔をしては、いけません》
 尻尾を振って、叱っているのではないと伝えていた。
《あなた様は妖魔であると同時に、人間の感覚もお持ちだ。だから余計に、このことを知らなくてはなりません。動物は死を迎えるのを恐れてはいないと。血肉が余さず還元されるのを喜んでいるのだ、と》
「そう、か───それを言いたくて、わざわざ妖魔に生まれるのを踏みとどまっていたんだな」
 アキラの胸に微妙な痛みが走った。それを隠して、明るい笑みを浮かべる。
「俺、余分なことしちまったんだな。お前たちが直談判したくなるほど思い詰めていたなんて、全然知らなかった。俺の感傷なんて邪魔だよな」
《あ、いえ、そういう意味では》
 狼は言葉に詰まって、仲間を見上げる。
《えーっと、その》
「ん? なんだ?」
《ですから、どう言えばいいのか》
 困った視線は、動物たちの間を一巡りしても行き場がなかった。精霊に目を向けるものもいたが、肩を竦められて宙を彷徨う。
 その時、不意に明るい声が響いた。
《はいはい! わたくしめの出番ですな!》
 新たな魂が螺旋を描いて降ってきた。
《遅れて参上つかまつります!》
 元気よく飛び回り、狼の隣に落ち着いた魂は、お調子者らしくお辞儀するように上下した。
「お前は、猪……かな? 今日死んだばかりの」
《そうでございますよ!》
 死んでいるとは思えないほど、張り切った精気を漂わせている。
《わたくしが皆様の気持ちを代弁できます。なにしろ何時間か前の出来事ですからな》
「へえ?」
《あなた様はしんみりしたふうに肩を落として、わたくしを見詰めていました。腕に抱いて、撫でてくださった。そう、確かに哀しんでいただくのは本意ではありません。しかし、わたくしは嬉しかった!》
 猪の言葉に、動物たちはほっとした雰囲気を持った。
《あなた様は心の中で泣いていました。目の前で死にゆくものを見て、悼んでくださいました。それが嬉しかった。摂理を喜ばしく思うのとは別に、ただ単純に嬉しかった》
《そうです》
 猿が首肯きながら言った。
《妖魔だったら持たないであろう感情が、これほどまでに私達を嬉しくさせるとは思ってもみませんでした。あなたの若さ、無分別で未完成な個性が、たまらなく愛しく……どうしてもこの気持ちを伝えたくて、留まったのです。嬉しかった、ただそれだけを》
《転生する前に、動物でいる間に伝えたかった》
《哀しみは必要ありませんが、あなたはあなたのままでいいのです》
 幾つもの真摯な瞳に見詰められ、アキラは頭を抱えた。
「そんなことを言うために、こんな遠回りをしたのかよ?」
 鵺となり、蛭子を巻き込むほど動物たちは真剣だった。それもアキラにひと言伝えたいばっかりに。
《お怒りでしょうか?》
 不安そうに狼が訊いた。
 カリーファは腕組みをして精一杯アキラを睨みつけ、不穏な言葉を吐いたら叱り付けようとしている。精霊は穏やかに成り行きを見守り、辺りを包んでいる光は静かに煌めいていた。
「降参だ……」
 アキラは呻いた。
「すごく嬉しい。本当だ」
 涙で潤みそうな目をしばたくと、咳払いして言葉を押し出した。
 動物たちは、今度は安堵した目を見交わして、笑った。
 表情のないはずの動物は、目に感情が表れる。それはそのまま妖魔にも当てはまった。喜怒も哀楽も、持っているのだ。顔全体で表現しないだけだった。
《お願いがあります》
 ワニが低頭して、黄色い目で見上げる。
《望みを果たした今、我々は〈森〉が恋しくなりました。できたらあなた様の手で、もう一度送っていただけないでしょうか?》
 アキラが首肯くと、さっそく茫とした魂に戻った。
 象も、狼も、猿や蛇も───競って光る点に姿を変え、身を寄せ合って待っていた。
 アキラの声を……!
「祝福あれ!」
 凛とした声を上げて、魂たちを強力に押し上げる。
「門を開け、迎え入れよ! この者達には資格がある!」
 混じり気なしの歓喜に身を震わせた魂たちは、上空に開いている見えない扉へと吸い込まれていった。
 動物の守護者、妖魔として生まれ変わるために。
「行っちゃったねえ……」
 ため息混じりにカリーファが呟く。
「今度はちゃんと、妖魔に生まれて来られるよね?」
「当たり前だ。そうじゃないと困る」
 アキラの目には、銀鈴姫の泉に深く沈む、幾つもの『妖魔となる核』が、先を争って大きくなっていく様子が見えるようだった。一度にたくさんの妖魔が生まれ、喜びに沸き返る〈森〉の村人たちの姿も……。
《蝙蝠》
 精霊の呼び掛けに振り向くと、いつのまにかアキラの目の前で精霊が膝を折る姿勢を取っていた。


第八章(7)に続く。



うおおおお……なんだか先が見えてきた!

第八章(5)


 霧が晴れてゆくと、ばらばらになった鵺の残骸を前にして、カリーファが力なくうずくまっていた。
 鵺の頭部はガラスのようになった瞳を上に向け、最後に見たときと同じに転がっている。張りついていた蛇のたてがみが、干からびて全て抜け落ちていた。
 動きを止めていた伝言鳥が、きょとんとして床に降り立つ。命を持たない鳥は、自分を運んでいた者が「物体」になってしまったのを不思議に思っているようだった。
 その黒い目がついと宙を見上げた。穏やかに光を放つ存在が、形を取りつつあったのだ。
「あ……」
 カリーファが喉を震わせた。
「あ───あ、あ……」
 アキラはカリーファの頭を手加減なしにぶん殴り、意味のない言葉しか言えない口を閉じさせた。
 緩慢に姿を整えた“それ”は、人間に酷似していながらも明らかに人間ではなかった。妖魔ですらない。輪郭を聖なる光に照らされた存在───森羅万象に通ずると言われる精霊がそこにいた。
 武人のようないでたちに柔和な微笑みを浮かべ、口を開けて見入っているふたりに深々と一礼する。
《無事まみえる喜びは、百万の言葉にも尽くしがたい。我は今、ここに本来の姿を取り戻した》
「本来の姿───って、どういうことなんだ? 説明してくれ」
 うろたえるアキラをよそに、精霊は嬉しそうな笑みを見せると、すんなりと伸びた腕を大きく広げた。
 鵺の体だったものはふわりと浮いて、従順に腕の中へと掻き集められていく。精霊がいとおしそうに抱えると、鵺の断片はきらきらした輝きを放ってこぼれ落ちた。
《因あれば、果あり。我は因を入れる『箱』としての役割をはたした》
 床に散らばる結晶を指し示し、片手で空気を撫でる仕草をした。
《蝙蝠よ……。この者達が、お前に話があるそうだ。さあ、姿を現せ!》
 精霊の声に、結晶は一斉に身じろぎをした。それぞれが、すじ状の光を放って膨れ上がる。
 ひとつは小さく、ひとつは大きく。中くらいや桁外れ、縦長と、無分別の有様を見せた者達は、形を固まらせてアキラの前に姿を現した。
 それは肉体ではなく、魂だった。
 しかも見覚えがある。
「お前たち、ここで何やってるんだ?」
 アキラは唖然とした。
「俺が最期を看取ってやった奴ばっかりじゃねえか!」
 狼の魂が首肯いた。
 ワニもいた。象と猿、蛇。みな寄り添って縮こまっている。
「まさか、お前たちが鵺だったのか?」
 アキラは端的な特徴として現われていた動物たちを見回した。じわじわと頭に血が昇ってくる。
「俺があれだけ、『迷子になるなよ』って言ったのに!」
 動物たちは更に小さくなってうな垂れた。決まり悪そうに耳を動かしたり、尾を蠢かしたりしている。
「アキラちゃん、怒っちゃだめ」
 カリーファが腕にしがみ付いてきた。
「みんな悪気はないんだよ。だから……」
「怒ってねえよ!」
 アキラはカリーファに怒鳴りつけて───唇を尖らせて呟く。
「魂は門をくぐったはずなのに、全然生まれて来ねえし、何かあったのか、もしかして俺の責任かも、とか色々考えてて───」
《ご心配をおかけして、本当に済みません》
 ワニが、のそりと首をもたげた。
《あなた様に看取ってもらった後、我々は寄り集まって異空間を彷徨っていました。そんな時、あの方と出会ったのです》
 と、精霊を振り返る。
《澱みから生まれようとしている姿は力強かった。だから、協力をお願いしたのです。融合して、その身に宿らせてもらった。しかし少々計算違いがありました》
《融合したことによって、別の新たな性格を持ってしまいました。動物の感情を流れている孤独感……不信と猛々しさを前面に出したもの。それが、あなた様の知っている鵺です。我々の奥深くに眠っている、もうひとつの顔でした》
《そして、〈神話〉と〈童話〉の世界から駆逐されそうになり、錯乱してしまった》
 魂たちは代わるがわる重い口を開けた。
「蛭子は?」
 アキラがせっかちに挟む。
「あの兎は、どう関わってくるんだよ」
《ああ───》
 全員が目を見交わして、頷き合う。
《我々を追って、澱みにまで来てくれたのです。統皇様に看取られたときに、『迷子になっているものを見かけたら連れてくるように』と言われたとかで、律儀にも捜し回ったらしいですね。そして鵺となった私達を見つけ、正気に戻そうとしてくれましたが、駄目でした》
《あまりにも深い混迷に支配されてしまったので、彼が融合することも出来ません。そこで、自分が妖魔としての肉体を持ったら、『鍵』としての役を引き受けるからと言い残して、去っていきました》
《彼は、我々よりも大きい力を持っていたのです。先を見越していました》
《そして、漸く……あなた様もご存じの経緯で、我々は元の姿に戻ることが出来ました》
《やっと望みを果たすことが出来ます》
「望み?」
 胸騒ぎがして、眉をしかめた。


第八章(6)に続く。


もうすぐだ……終りが、見えてきそう……

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。